著者
田島 和雄 MUNOZ Ivan NUNES Lautar CARTIER Luis 宝来 聡 渡辺 英伸 園田 俊郎 CARTIER Lui
出版者
愛知県がんセンター
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1995

アンデス先住民族(コロンビア南部からチリ北部に居住)には南西日本に多いヒト白血病ウイルス(HTLV-I)感染者が高頻度(5〜10%)に出現し、しかも彼らは南西日本人と類似したHLA遺伝子を有しており、両者の遺伝学的背景やがん罹患分布には類似性が見られ、両者の民族疫学的関連性について興味が持たれている。また、ペル-南部やチリ北部の砂漠地帯には現在でも数千体のミイラが比較的好条件で残存している。これら先住民族のミイラを保存しているサンミグエル博物館(チリ第1州のアリカ市)、サンペドロ博物館(チリ第2州)、イロ博物館(ペル-南部)の考古学者らの協力を得てミイラ150個体(アリカ市96体、サンペドロ市42体、イロ市12体)から組織(骨、および骨髄)を採取した。これらのミイラはC^<14>の判定により約8000年から500年前に住んでいた先住民族のものとされている。これらの検体を日本に持ち帰り、遺伝子のDNA断片の増幅方法(PCA法)により核の白血球抗原(HLA)とベータグロビンの遺伝子のDNA断片、およびミトコンドリアDNAの抽出を試みた。さらに、南太平洋地域のポリネシア人が定着してきたイ-スター島(チリ共和国所属)を訪問し、同島の先住民族であるラパヌイから132個体粉の血液(各30cc)を採取し、日本に持ち帰ってリンパ球と血漿を分離し、リンパ球の核からは各種遺伝子のDNAを検索し、血漿を用いてHTLV-Iの抗体を検索した。イ-スター島の132人のHTLV-I抗体を検索した結果、1人のHTLV-I感染者(58歳の女、抗体価はPA法により256倍、WB法によりp28、p24、p19、GD21などが陽性)を発見した。彼女はリンパ球の核DNAの特性から、パプアニューギニアの先住民に由来するものではなく、むしろアンデス先住民族に由来することが判明した。次に、アフカの73検体とサンペドロアタカマの14検体のミイラのDNA検索の結果、3検体からHLA-DRDQ遺伝子のDNA断片、4検体からβグロビン遺伝子のDNA断片、3検体からHTLV-IのプロウイルスDNAのpX遺伝子の断片がそれぞれ検出された。現在はそれらの抽出された遺伝子の塩基配列を同定中である。一方、ミトコンドリアのDNAについてはD-loop領域の遺伝子の検索が、チリ北部の3先住民族(アイマラ族、アタカマ族、ケチュア族)の110個体、およびアリカとサンペドロアタカマのミイラ46個体(32個体と14個体)について終了した。その中で最も古いミイラは約8000年前のチンチョロ族と言われており、新しいものでは500年前のインカ族が含まれている。それらの遺伝子の塩基配列の同定により各グループのミイラの遺伝学的特徴が明らかになってきた。その結果、言語学的に全く異なるアイマラ族とケチュア族との間には遺伝学的に差が見られなかった。また、ミイラ集団のミトコンドリアDNAにも現存の南米先住民族にみられる4つのクラスターが現れ、その分布特性は現先住民族とやや異なることも明らかになった。これらの遺伝学的な分析結果がさらに進めていくとモンゴロイド集団である南米先住民族と日本人を含むアジア民族の遺伝学的関連性、現存の先住民族とミイラとの人類学的つながり、さらに各時代のミイラ集団におけるDNA特性の経時間的変動、などが明らかになってくる。また、それらの結果と従来から得られている考古学的、人類学的情報とを総合的に比較検討していくことにより、南米モンゴロイドの移動史をより深く探っていくことも可能となる。今後も南米アンデス地域における同様の研究を進展させるため約2年の期間を設定し、すでに採取された検体の遺伝子解析、および新しく発掘されたミイラの検体採取につとめ、それらのDNA特性を明らかにしていきながら、アンデス先住民族と日本民族のDNAの比較研究により、民族疫学的、免疫遺伝学的、人類学的、考古学的に有用となる両者のDNA情報を構築していく。