著者
中井 好男 Nakai Yoshio ナカイ ヨシオ
出版者
大阪大学大学院文学研究科日本語学講座
雑誌
阪大日本語研究 (ISSN:09162135)
巻号頁・発行日
no.30, pp.93-110, 2018-02

本稿は、日本で留学を経て就労している中国出身の王さん(仮名)の学習経験に関するライフストーリーから、日本語学習、学習者オートノミーを社会的文脈から捉えようとするものである。分析の結果、生活者としての王さんは、日本語は社会的実践のために必要なツールであり、日本語学習は日本語を用いた社会的実践の遂行に伴って起こるものであると捉えていることが分かった。そして、王さんにとっての日本語学習は、社会的アイデンティティをもたらす声となることばのジャンルの習得であり、非線形的なシステムである複雑系理論の中で様々な要因によって創発されることが明らかになった。さらに、この創発の原動力となるのが学習者オートノミーであり、学習者オートノミーは、王さんを取り巻く社会的文脈に潜む要因と王さんとの社会的相互作用を通して構築される主体性であることが示された。王さんの学習経験のストーリーには、周囲の要因が持つアフォーダンスを活用し、自身の声を獲得することで、自己実現を図るだけではなく、社会的文脈の中で受ける不利益を利益へと転換してきた過程が示されており、日本語学習支援や学習者オートノミー育成を考える上で重要な示唆が得られたと言えよう。