著者
中井 好男
出版者
一般社団法人 言語文化教育研究学会:ALCE
雑誌
言語文化教育研究 (ISSN:21889600)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.52-73, 2021-12-24 (Released:2022-02-14)
参考文献数
41
被引用文献数
2

本研究は,ろうの両親を持つ聴者(コーダ:Children of Deaf Adults)である筆者が,中国出身のコーダとの対話を通して,自身の経験の内省と異なる社会での経験の比較を行うことによって,日本手話の継承に関する問題について考察する当事者研究である。分析方法として,当事者同士の対話的自己エスノグラフィを用い,継承語という視点から日本手話を捉え,その課題の外在化を目指した。分析の結果,筆者らは両親から継承するろう文化と音声言語を基軸とする生活圏の文化との間に第三の文化を有しているが,周囲からの蔑視や社会から押し付けられる障害者家族の一員という社会的アイデンティティによって障害者家族の文化として形成されているため,それを拒絶してきたことがわかった。また,この第三の文化を受容可能なものにするためには,コーダとしての能動的な社会的アイデンティティの構築に加え,第三の文化の基盤をなす日本手話の継承も必要となることが指摘できた。
著者
中井 好男 丸田 健太郎
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.91-109, 2022 (Released:2022-04-01)

本研究は,ろうの両親を持つ聴者(CODA: Children of Deaf Adults)とろうの姉弟を持つ聴者(SODA: Siblings of Deaf Adults/Children)である筆者らが自ら経験した生きづらさについて分析する当事者研究である。CODA と SODA は,音声日本語使用者であることから,マイノリティの要素が隠れた見えないマイノリティとされる。そ こで,筆者らは見えないマイノリティの当事者として,自身の経験を対象化し,ろう者の家族が抱える問題の外 在化を目指した。分析には協働自己エスノグラフィ(Collaborative autoethnography)を応用してそれぞれの自己エ スノグラフィを作成し,生きづらさを生み出す構造について考察した。両者の自己エスノグラフィには,聴者の 世界に同化せんがために,ろう文化との関わりを受容するか否かというジレンマを抱えていることが記されてい る。また,聴文化とろう文化から受け取る矛盾したメッセージによって認知的不協和に陥るだけではなく,自己 を抑圧するドミナント・ストーリーを内在化することで「障害者の家族」という自己スティグマを持っているこ とも示された。この背景にあるメッセージは,筆者らと他者との相互行為に加え,両親や姉弟との相互行為を介 して伝えられるものでもあるため,構造的スティグマとしての性質を有していると言える。
著者
中井 好男 Nakai Yoshio ナカイ ヨシオ
出版者
大阪大学大学院文学研究科日本語学講座
雑誌
阪大日本語研究 (ISSN:09162135)
巻号頁・発行日
no.30, pp.93-110, 2018-02

本稿は、日本で留学を経て就労している中国出身の王さん(仮名)の学習経験に関するライフストーリーから、日本語学習、学習者オートノミーを社会的文脈から捉えようとするものである。分析の結果、生活者としての王さんは、日本語は社会的実践のために必要なツールであり、日本語学習は日本語を用いた社会的実践の遂行に伴って起こるものであると捉えていることが分かった。そして、王さんにとっての日本語学習は、社会的アイデンティティをもたらす声となることばのジャンルの習得であり、非線形的なシステムである複雑系理論の中で様々な要因によって創発されることが明らかになった。さらに、この創発の原動力となるのが学習者オートノミーであり、学習者オートノミーは、王さんを取り巻く社会的文脈に潜む要因と王さんとの社会的相互作用を通して構築される主体性であることが示された。王さんの学習経験のストーリーには、周囲の要因が持つアフォーダンスを活用し、自身の声を獲得することで、自己実現を図るだけではなく、社会的文脈の中で受ける不利益を利益へと転換してきた過程が示されており、日本語学習支援や学習者オートノミー育成を考える上で重要な示唆が得られたと言えよう。