著者
有賀 夏紀 Natsuki Aruga
出版者
学習院大学人文科学研究所
雑誌
人文 (ISSN:18817920)
巻号頁・発行日
no.19, pp.85-100, 2021-03

本稿では、金沢称名寺に伝存する吒枳尼天関連資料を読み解き、中世の儀礼と、それを支える教理について考察する。『辰菩薩口伝』『辰菩薩口伝上口決』は、仏教の夜叉である吒枳尼天の秘説を集めた聖教である。ここでは即身に成仏するという密教的身体観を基調とし、八葉蓮華、宝塔、舎利、如意宝珠といったキーワードを用いて、天台教学の立場から『法華経』(法華円教)と密教との一致を説く。この教説は衆生の心臓を食用するという吒枳尼天によって媒介され、成就するものであった。これと同様の教理が、おなじく称名寺聖教の『輪王灌頂口決私』に見出せる。本資料は即位灌頂の口決であるが、天皇の身体と、仏との一体化を目的とする即位灌頂は、衆生の身体を食して即身成仏させる吒枳尼天と結びつきやすかったと考えられる。吒枳尼天と『法華経』をめぐる言説は、円密一致の教理とともに、中世の儀礼の一端を支えていたのである