著者
竹綱 誠一郎 齋藤 寿実子 吉田 美登利 佐藤 朗子 瀧沢 絵里 小方 涼子
出版者
学習院大学人文科学研究所
雑誌
人文 (ISSN:18817920)
巻号頁・発行日
no.10, pp.85-92, 2011

本研究の目的は、作文学力と算数文章題学力との関係を吟味することである。小学5 年生児童75 名を対象に、第2 学期に作文学力を測定するテストを実施し、第3 学期に文章題学力を測定するテストを課した。作文学力は5 つのカテゴリー(反論への考慮、段落構成、つながり、わかりやすさおよび論理性)ごとの下位得点の合計得点によって算出された。文章題学力は5 つの問題タイプ(通常問題、過剰情報問題、無意味問題、情報不足問題および不合理問題:通常問題以外は、不完全な文章題)ごとの得点の合計得点によって算出された。 分析の結果、2 学期に測定した作文学力と3 学期に測定した文章題学力との間に有意な相関がみられたことから、作文学力を伸ばすことが文章題学力を高める可能性のあることが明らかになった。また、論理性得点や反論への考慮得点の高い児童が、現実的で論理的な思考力を必要とする不合理問題において高得点を示すことも明らかにされるなど、教育実践への有用な示唆が得られた。研究論文
著者
末森 明夫 高橋 和夫
出版者
学習院大学人文科学研究所
雑誌
人文 (ISSN:18817920)
巻号頁・発行日
no.14, pp.137-148, 2015

「高宗諒陰三年不言」論争は服喪説と非服喪説が主流を占めてきたものの、非服喪説においても疾病説は等閑に付されてきた。本稿では障害学的視座に立脚し、疾病説(言語障害・聴覚障害)の再検証をおこなうと共に、文献に見られる「作書」という文脈に意志疎通手段における障害学的見解を照射し、「三年不言」という文脈の解釈における外延を図った。本稿の眼目は疾病説の妥当性の主張にはなく、疾病説が論争の傍流に甘んじてきた背景を障害学的視座に立脚して再検証し、論争の主流を占めてきた訓詁学と疾病説の派生的連続性を前景化し、古代中国文献学や古代中国福祉体系の探求に資することにある。 There has been controversy about the word "ryôin (諒陰)" and the sentence "Kôsô did not speak for three years( 高宗三年不言)" in a Chinese historical passage, as many hold the opinion that Kôsô had been mourning or deliberating apolitically; however, another opinion has been neglected, namely, that Kôsô was only temporarily mute. We therefore re-examined thise controversial issue from the viewpoints of speech impairment and/or hearing impairment based on disability studies, suggesting the derivative continuity between the opinions based on disability studies and exegetics of the passage, and contributing studies on welfare in ancient Chinese society.
著者
林 大樹 Daiki Hayashi
出版者
学習院大学人文科学研究所
雑誌
人文 = Jinbun (ISSN:18817920)
巻号頁・発行日
no.20, pp.375-408, 2022-03

刀剣研究家福永酔剣によれば、将軍徳川家斉は尊号一件で関係のこじれた朝廷の「機嫌取り」のため、『享保名物帳』記載の名物刀剣、早川正宗・小池正宗を献上したという。関連する朝廷・幕府史料を調査した結果、この通説は訂正を要することがわかった。家斉は寛政四年(一七九二)一二月五日、上使前田長禧を参内・参院させ、光格天皇に「正宗の野太刀」(早川正宗)、後桜町上皇に「御太刀」(小池正宗)などを贈ることを目録と口上で伝え、装飾(拵え)の希望を聴取した。その結果、早川正宗は螺鈿造に、小池正宗は朱銘・白鞘入りに改め、同六年十一月一〇日に京都へ送付した。進献物は家斉の意向を汲み選択されており、光格もまた返礼品に関与していた。名目としては、尊号一件で尊号宣下を断念した光格天皇への挨拶と、その説得にあたった後桜町上皇への御礼である。一件の中心人物である武家伝奏正親町公明・議奏中山愛親の下向を要求する圧力としての側面も推定される。
著者
山本 政人 Masato Yamamoto
出版者
学習院大学人文科学研究所
雑誌
人文 (ISSN:18817920)
巻号頁・発行日
no.9, pp.35-54, 2011-03-28

本論文は日本におけるアタッチメント理論の受容とその後の研究の発展について検討したものである。Bowlby のアタッチメント理論は1970 年代に日本に紹介されたが、実証研究が盛んになったのは、1980 年代に入り、Strange Situation procedure(SSP)が導入されたことによってであった。しかし、SSP は日本の乳児に強いストレスを与えるため、Cタイプの出現を促進すると考えられた。また、アタッチメントのタイプと気質には明確な関連が見られなかったため、SSP による研究は衰退した。1990 年代に入り、内的ワーキングモデル概念が注目され、アタッチメント研究は再び盛んになった。特に、アタッチメントの世代間伝達に関する研究は活発に続けられてきた。世代間伝達だけでなく世代間の相互作用を明らかにすることや、児童虐待の防止につながる実践的研究を推進することが今日の重要な課題である。
著者
竹田 志保
出版者
学習院大学人文科学研究所
雑誌
人文 (ISSN:18817920)
巻号頁・発行日
no.14, pp.286-265, 2015

本論は、一九三九年に『東京日日・大阪毎日新聞』に発表された吉屋信子「女の教室」について考察したものである。本作では、日中戦争を背景として、七人の女性医師たちの人生が描かれている。本作における〈戦争〉とは、それまで男性たちに占有されていた仕事の場を、新たに女性たちが担っていくことを可能にするものである。さらに、女性の〈本能〉を惑わせる男性たちが〈戦死〉することによって、女性たちは高次の精神を獲得し、分断された女性同士の絆も回復する。〈東亜新秩序〉の〈聖戦〉のイデオロギーと合致した女性動員を提示しつつも、女性たちの新しい社会を望む彼女たちの欲望は、国策の範囲を超えて、男性のいない世界を夢見るという危険な結論に至っている。〈戦争〉に抑圧を解除する契機を見出してしまうことの困難について論じた。 This paper discusses Nobuko Yoshiya's "Onna no Kyoshitsu (The Classroom of Women)", which was penned in 1939 and published in the Tokyo Nichi Nichi Shinbun-Osaka Mainichi Shinbun. In this work,she depicted the lives of seven female doctors during the Japan-China War. In the war experienced in this work, a place that had previously only been ocupied by men, women take his place for being incharge.Furthermore, through the death of men that seduce women, the feminine instinct is not disturbed; the women achieve a higher order of spirit, and the bonds between the women that had been broken are recoverd. This matches the ideology of the mobilization of women and the crusade for a 'New Order in East Asia'. But her desire for a new society of women is beyond the scope of National policy and reaches a dangerous conclusion by dreming of a world without men.This paper discusses the ploblem of what would find hope in 'war' to be free from repression.

2 0 0 0 OA 濃い・薄い

著者
前田 直子 Naoko Maeda
出版者
学習院大学人文科学研究所
雑誌
人文叢書
巻号頁・発行日
no.3, pp.144-156, 2006-03
著者
上村 幸雄 Yukio Uemura
出版者
学習院大学人文科学研究所
雑誌
人文 (ISSN:18817920)
巻号頁・発行日
no.6, pp.247-291, 2008-03-28

これは2006 年6 月24 日に東京の学習院大学において(付記参照)、また2007 年1 月27、28 の両日に沖縄県那覇市の沖縄大学で開かれた沖縄言語研究センター(OCLS)の月例研究会での2度の講義の記録であり、呼気圧・呼気流に関連しながら以下のことが述べられている。(1)呼吸一般、(2)発話時の呼気、(3)喉頭下の気圧と、喉頭の筋肉的制御、(4)声道における母音・子音を発する際の調音運動とのかかわり、(5)結論、および今後の研究への示唆 筆者が以前に国立国語研究所で行なった実験音声学的研究(国研報告60、同100)から、Ⅹ線映画フィルムトレース図、動的人工口蓋図、その他各種の調音的、音響的な資料が引用、提示されている。また、主題に関連して、日本語、およびいくつかの言語のフォネーム、およびいわゆる超分節的なフォネームの研究方法に関する補足説明が加えられている。
著者
江口 匠 Takumi Eguchi
出版者
学習院大学人文科学研究所
雑誌
人文 (ISSN:18817920)
巻号頁・発行日
no.14, pp.59-77, 2016-03

接続助詞「て」には多くの用法が存在するが、その逆接を表す場合については十分な分析がなされていない。逆接用法の存在は指摘されているものの、例えば「文脈から判断される」程度の記述で、その構文的条件、意味的派生過程に関する考察はほとんどなされていない。そこで、本稿では「て」の〈逆接〉を統語規則・語彙的制約から3 分類し、構文的条件を明らかにすることを試みた。それに併行して、類義形式と捉えられ得る「が・けれど」「のに」と比較し、それらとの相違と「て」の〈逆接〉の独自性について考察した。〈逆接〉を表す「て」は以下の3 つに整理できる。①シテ節とその主節とで一つの慣用句的表現として成立する「X してX しない[ふり/顔]をする」構文で表され、X には「知る」「見る」「聞く」が用いられる。既に知覚した事態にもかかわらず知覚していないように装うことで、〈逆接〉として解釈されることから《偽装》型と名付ける。②「X していてY する」構文で表され、X に「知る」「わかる」、Y に動作動詞が用いられる。動作の対象にとって不都合だと承知の上で行動を起こすことで、〈逆接〉らしさが生まれることから《敢行》型と呼称する。③指示表現や数詞が共起し、「X してY しない」「X してY するのか」「X してY する[補文標識]Z である」(Zは評価を表す述語)の3 構文のいずれかで表される。一般論と現実の状態・属性とが相反することで〈逆接〉と捉えられ、その有り様に対して話者が意外・不満の感情を抱くことから《意外性》型と呼ぶ。以上3 つとも、構文的・意味的に一定の型があることがわかった。The conjunction “te” has many usages. It is said that contradictory conjunction “te” is decided from the context, however its syntactic and semantic feature don’t become apparently.Therefore, I classified the contradictory conjunction “te” into three types from vocabulary terms and syntactic rules. Besides, through comparisons of synonyms with “te” as contradictory conjunction, “ga” and “noni”, I emphasize the characteristic of it.The first type involves, «pretending». It is represented by the following sentence structure:“XshiteXshinaihuriwosuru”. Verbs such as “miru”, “kiku”, or “shiru” are placed where there is an X. From that we pretend to not recognize a situation, though we were recognized, I named it «pretending». The second type involves an, «intentionally act». It is represented by sentence structure: “XshiteiteYsuru”. Verbs such as “siru” or “wakaru” is placed where there is an X,and a different verb is placed where there is a Y. From that we take action on the agreement that it is inconvenient for an object of an agent. I called it «intentionally act». The third type involves a, «comparing». It is that demonstrative or numeral co-occur contradictory conjunction “te”, and it is represented by sentence structure: either “XshiteYshinai”, “XshiteYsurunoka” or“XshiteYsuru [toha, nante or noha] Zdearu”. From that a reality contradict a condition is generally supposed, I named it «dissatisfied». Finally, this paper introduced that “te” as contradictory conjunction has three types which is syntactically and semantically different.

2 0 0 0 OA 堀杏庵年譜稿

著者
鈴木 健一 Ken’ichi Suzuki
出版者
学習院大学人文科学研究所
雑誌
人文 (ISSN:18817920)
巻号頁・発行日
no.17, pp.79-94, 2019-03

近世初期、藤原惺窩に学んだ儒学者たちが漢学の世界を領導した。なかでも林羅山はひときわ抜きん出た存在だったと言えるが、羅山のみが屹立していたわけではない。堀杏庵(一五八五〜一六四二)も、尾張徳川家という権威と結び付き、医の要素を大きく有した点が独自で、かつ羅山ともよく連携し、この時代の漢学界を盛り立てるのに大きく貢献した。それらの点によって、杏庵にも高い評価が与えられるべきであろう。本稿では、そのような問題意識に基づき、Ⅰ仕官以前(天正十三年〜慶長十六年)、Ⅱ浅野家への仕官(慶長十六年〜元和八年)、Ⅲ尾張徳川家への仕官(元和八年〜寛永十九年)という三期に分けて、杏庵の人生を年譜形式によって概括する。特に、若い時期の医師としての修業過程や、羅山との親交、第Ⅲ期、尾張徳川家に仕官した、四十歳前後からの儒学者としての名声の高まりなどが注目に値しよう。
著者
張 守祥 shou Xiang Zhang
出版者
学習院大学人文科学研究所
雑誌
人文 (ISSN:18817920)
巻号頁・発行日
no.10, pp.51-68, 2012-03-28

かつて日本の実質的な支配地であった「満洲国」における日中両民族間の言語接触を対象とした研究は今日までほとんど存在しない。当時の言語接触の実態はどのようなものだったのか。また、それはどのような特徴を持っていたのか。これらは不明な部分が多く、言語接触の観点からも非常に興味深い課題である。本研究では、軍事郵便絵葉書を資料として、「満洲国」の接触言語の使用状況、語彙、音韻、文法のジャンル毎に考察し、満洲国における言語接触の実態と特徴を明らかにしようとするものである。考察した結果、語彙の引用、人称代名詞を中心とする「デー」の拡大使用、音韻上の変化特徴、助動詞としてのアル、助詞、準体助詞、形式名詞の省略など、ピジンの特徴に当てはまるものもあれば、当てはまらないものもある。21 世紀になった現在、「満洲国」時代の経験者の多くは他界している。この意味で、本研究は当時の言語接触の一側面を把握するには役立つものだろう。
著者
江口 匠
出版者
学習院大学人文科学研究所
雑誌
人文 (ISSN:18817920)
巻号頁・発行日
no.14, pp.59-77, 2015

接続助詞「て」には多くの用法が存在するが、その逆接を表す場合については十分な分析がなされていない。逆接用法の存在は指摘されているものの、例えば「文脈から判断される」程度の記述で、その構文的条件、意味的派生過程に関する考察はほとんどなされていない。そこで、本稿では「て」の〈逆接〉を統語規則・語彙的制約から3 分類し、構文的条件を明らかにすることを試みた。それに併行して、類義形式と捉えられ得る「が・けれど」「のに」と比較し、それらとの相違と「て」の〈逆接〉の独自性について考察した。〈逆接〉を表す「て」は以下の3 つに整理できる。①シテ節とその主節とで一つの慣用句的表現として成立する「X してX しない[ふり/顔]をする」構文で表され、X には「知る」「見る」「聞く」が用いられる。既に知覚した事態にもかかわらず知覚していないように装うことで、〈逆接〉として解釈されることから《偽装》型と名付ける。②「X していてY する」構文で表され、X に「知る」「わかる」、Y に動作動詞が用いられる。動作の対象にとって不都合だと承知の上で行動を起こすことで、〈逆接〉らしさが生まれることから《敢行》型と呼称する。③指示表現や数詞が共起し、「X してY しない」「X してY するのか」「X してY する[補文標識]Z である」(Zは評価を表す述語)の3 構文のいずれかで表される。一般論と現実の状態・属性とが相反することで〈逆接〉と捉えられ、その有り様に対して話者が意外・不満の感情を抱くことから《意外性》型と呼ぶ。以上3 つとも、構文的・意味的に一定の型があることがわかった。The conjunction "te" has many usages. It is said that contradictory conjunction "te" is decided from the context, however its syntactic and semantic feature don't become apparently.Therefore, I classified the contradictory conjunction "te" into three types from vocabulary terms and syntactic rules. Besides, through comparisons of synonyms with "te" as contradictory conjunction, "ga" and "noni", I emphasize the characteristic of it.The first type involves, «pretending». It is represented by the following sentence structure:"XshiteXshinaihuriwosuru". Verbs such as "miru", "kiku", or "shiru" are placed where there is an X. From that we pretend to not recognize a situation, though we were recognized, I named it «pretending». The second type involves an, «intentionally act». It is represented by sentence structure: "XshiteiteYsuru". Verbs such as "siru" or "wakaru" is placed where there is an X,and a different verb is placed where there is a Y. From that we take action on the agreement that it is inconvenient for an object of an agent. I called it «intentionally act». The third type involves a, «comparing». It is that demonstrative or numeral co-occur contradictory conjunction "te", and it is represented by sentence structure: either "XshiteYshinai", "XshiteYsurunoka" or"XshiteYsuru [toha, nante or noha] Zdearu". From that a reality contradict a condition is generally supposed, I named it «dissatisfied». Finally, this paper introduced that "te" as contradictory conjunction has three types which is syntactically and semantically different.
著者
武藤 那賀子
出版者
学習院大学人文科学研究所
雑誌
人文 (ISSN:18817920)
巻号頁・発行日
no.14, pp.222-183, 2015

学習院大学日本語日本文学科は、伝藤原為家筆の『源氏物語』「帚木」巻の写本を所蔵している。当該本は、河内本系統の本文を持っている。縦の寸法が三〇㎝ を超えた大型本であることから、当該本は、大型冊子本として知られる尾州家河内本と元の大きさがほぼ等しいと考えられ、またその筆跡と書風から、書写時期も同じ頃だと考えられる。これらのことから、当該本は金沢文庫旧蔵と思われる尾州家河内本と密接な関係があるといえ、製作場所を同じくする可能性が高いと考えられる。また、今日河内本の代表格である尾州家本を相対化する上で、当該本は非常に重要な存在であるといえる。当該本の本文は、既に加藤洋介氏によって取り上げられ、他の河内本の本文との比較が行なわれたが、書誌解題は公になっていない。また、『源氏物語』の鎌倉時代の写本は大変貴重であることから、本稿では、この貴重書の書誌解題を掲げ、全翻刻を載せる。The Department of Japanese Language and Literature at Gakushuin University possesses the holdings of "Hahakigi" ("The Broom Tree"), the second chapter of Genji Monogatari (Tale of Genji) copied by Tameie Fujiwara. It is originally written based on a Kawachibon-series enacted by the two governors of the Kawachi area.Two facts suggest that a close relationship exists between the Kawachibon -series and the Bishūkebon (the book that the Bishū family had): its exceptionally large size (over 30cm) and the style of writings in the middle of the Kamakura period. The Bishūkebon is representative of the Kawachibon -series, its historical significance.This paper presents a bibliographical commentary and an entire reprint of this book. The bibliographic commentary has not been made public; only a part of the text was taken up by Yōsuke Katō, in a comparison of the Kawachibon -series. Moreover, a manuscript of Genji Monogatari from the Kamakura period is valuable because of its scarcity.
著者
長谷川 順二
出版者
学習院大学人文科学研究所
雑誌
人文 (ISSN:18817920)
巻号頁・発行日
no.14, pp.7-31, 2015

『水経注』は、北魏当時の河川位置が詳細に記されている地理書である。特に変動著しい黄河においては北魏期および前代の前漢黄河の2 本の河道が記されているため、黄河変遷研究における最も重要な文献とされる。この時期を含む後漢から唐代にかけての黄河は800 年間に渡って大規模な変動が発生せず、黄河の「安流期」とされてきた。しかし近年は文献記述や環境史に基づく考察から、この時期においても黄河は氾濫や決壊を繰り返してきたという説が登場し、「安流期」の有無を巡って多くの専門家による議論が行われている。本稿では後漢から南北朝を経て唐宋に至る各時期の正史や『元和郡県志』などの地理書をはじめとした文献記述に加えてRS データおよび現地調査の成果を活用して、『水経注』に多く見られる記述の錯綜箇所を整理した上での北魏期黄河の河道復元を目指し、その第一歩として河南省濮陽市から山東省高唐県にかけての古河道復元を試みる。In the current changes in research on the course of the Yellow River, there is a theory thathas gained a lot of support over the years that there was no big change in the Yellow River for over 800 years from the time of the Eastern Han (後漢) dynasty to the Tang (唐) Dynasty. In recent years, however, this has been refuted, as it appears that, at that time, the Yellow River had experienced repeated flooding and collapse. Many experts have discussed this subject, but no definitive conclusions have been found.Using the results of remote sensing data analysis and field surveys, I reconstructed the course of the Yellow River during the Western Han (前漢) period. In this paper, which presents research not only based on the conventional literature, it is possible to re-consider the subject by taking into account new information, such as analysis of remote sensing data and the results of field surveys, to reveal the actual situation of the Yellow River during the Northern Wei (北魏) period. As a first step, I reconstruct the river channel of the Yellow River course in the Northern Wei (北魏) period from Henan Puyang City (河南省濮陽市) to Shandong Gao-Tang County (山東省高唐県), based on the description found in "Shui-jing-zhu" (水経注).
著者
吉川 眞理 Mari Yoshikawa
出版者
学習院大学人文科学研究所
雑誌
人文 (ISSN:18817920)
巻号頁・発行日
no.10, pp.103-118, 2012-03-28

ユングのパーソナリティ理論はフロイトの精神分析理論に大いに触発されて発展した。意識と無意識に関するパーソナリティ理論として、タイプ論と個性化の理論は、心を自然の一部としてとらえる点にその独自性がみとめられる。ユングによれば、心の理論は生命にあふれた自然であり、心のダイナミズムは生命的要素に基づくものであった。本研究では、ユングのパーソナリティ理論や研究を、自然や生命論に由来するダイナミズムの観点からとらえることを試みる。そこで以下の二点が明らかになった。第一に彼のパーソナリティ理論において無意識の補償作用が重要な役割を果たしている。第二に、タイプ論と個性化理論は共に、個人がその人生において独自性を生きることを重要な目的としている。ユングのパーソナリティ理論においては、意識と無意識に関する理論、タイプ論、個性化理論が相互に関連しながら、自我中心主義を超越して、意識領域と無意識領域からなる本来の自分自身の実現に向かう動きを論じている理論体系である。
著者
酒井 潔 Kiyoshi Sakai
出版者
学習院大学人文科学研究所
雑誌
人文 (ISSN:18817920)
巻号頁・発行日
no.8, pp.7-20, 2010-03-28

"ライプニッツのcaritas 概念は、一方で伝統的なキリスト教の立場に、他方で十七世紀の啓蒙主義の時代思潮にそれぞれ連続する面を有する。「正義とは賢者の慈愛である」(Justitia est caritassapientis)、そして「慈愛とは普遍的善意(benevolentia universalis)である」というライプニッツの定義には、キリスト教的な「善き意志」のモチーフとともに、(プラトニズム起源のものだけではない)近代の合理主義的性格が見出される。ライプニッツは彼の政治学、ないし政治哲学の中心にこのcaritas 概念をすえている。それは彼の「社会」(societas)概念とも密接にリンクしつつ、今日の社会福祉論への射程を示唆する。ライプニッツの「慈愛」、「幸福」、「福祉」(Wohlfahrt)という一連の概念のもつ広がりは、アカデミー版第四系列第一巻に収載されている、マインツ期の覚書や計画書に記載された具体的な福祉政策(貧困対策、孤児・浮浪者救済、授産施設、福利厚生など)に見ることができる。しかしcaritas 概念の内包を改めて検討するならば、caritas 概念の普遍性と必然性は、その最も根底においては、ライプニッツの「個体的実体(モナド)」の形而上学に基礎づけられている、ということが明らかになるであろう。
著者
家永 遵嗣 Jyunji Ienaga
出版者
学習院大学人文科学研究所
雑誌
近世の天皇・朝廷研究 : 大会成果報告集 (ISSN:18834302)
巻号頁・発行日
no.5, pp.43-96, 2013-03

シンポジウム : 武家伝奏と禁裏小番 : 中世・近世の比較から