著者
十字 猛夫 朴 京淑 金 相仁 朴 明姫 竹内 二士夫 徳永 勝士 PARK Myong Hee KIM Sang In PARK Kyoung Sook
出版者
東京大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1990

大韓民国ソウル市に在住する30家系,家族員計150名より血液試料を得て,HLAーA,B,C,DR,DQ型,及びHLAに連鎖する補体成分C4,B因子(BF)のアロタイプを検査した。なお、各家族には,少なくとも3人の子供がいることを条件とした。この結果から両親集団におけるMHC(主要組織適合性複合体)ハプロタイプ計120本を決定した。なお,これは韓国人のHLA分布に関する最初の大規模な家系調査である。この結果より,韓国人における代表的なMHCハプロタイプを求め,さらに,すでに我々が行なってきた日本人や北部中国人での結果と比較した。その概要は以下のようにまとめられる。1)韓国人で見出されたMHCハプロタイプは,我々が以前に調査した日本人や北部中国人で見出されたMHCハプロタイプと基本的に類似しており,ヨ-ロッパ人で報告されているMHCハプロタイプとは全く異なる。2)しかしながら,より詳細に見ればこれら東アジアの諸集団の間にも有意な差が認められる。すなわち,日本人・韓国人・北部中国人におけるMHCハプロタイプの頻度分布を比較すると,日本人と北部中国人の関係が最も遠く,韓国人は両者の中間に位置し,やや日本人により近い特徴をもつことが明らかとなった。3)以下,具体例をあげる。まず,韓国人で最も多いMHCハプロタイプ,Aw33ーB44ーBFFーC4A3ーC4B1ーDRw13ーDQw1は8%の頻度で見出された。このMHCハプロタイプは日本人でも2番目に多いハプロタイプであるが,中国人ではまれなものであった。このように,日本人と韓国人で共に頻度が高い一方,中国人ではまれなMHCハプロタイプとしては,A24ーCw7ーB7ーBFSーC4A3+3ーC4B1ーDR1ーDQw1や,A2ーCw11ーBw46ーBFSーC4A4ーC4B2ーDRw8ーDQw1,あるいはA11ーCw4ーBw62ーBFSーC4A3ーC4B1ーDR4ーDQw3などが見出された。4)日本人で最も多いことが知られているMHCハプロタイプ,A24ーBw52ーBFSーC4A3+2ーC4BQOーDR2ーDQw1は韓国人でも比較的高い頻度で見出された。我々はこのMHCハプロタイプを北部中国人でも高い頻度で見出している。このように,3集団に共通して見出されたMHCハプロタイプとしては,A2ーCw11ーBw46ーBFSーC4A4ーC4B2ーDR9ーDQw3があるが,このハプロタイプの場合には,日本人と韓国人でやや頻度が低くなっていた。5)上記3)と対照的に,北部中国人で最も多いMHCハプロタイプ,Aw30ーCw6ーB13ーBFSーC4A3ーC4B1ーDR7ーDQw2は韓国人でも4%以上の頻度で見出されたが,このハプロタイプは日本人ではごくまれなものである。6)以上のような結果より,我々は東アジア諸集団におけるMHCハプロタイプの分布状況から組先集団の複数の移動,拡散ル-トを推定した。まず第一に中国地方から朝鮮半島を経由して北九州および本州中央部に至るル-トである。これは,A24ーBw52ーBFSーC4A3+2ーC4B1ーDR2ーDQw1を持つ集団で代表される。7)第2に朝鮮半島から日本海を越えて,本州中央部の日本海側に至る移住ル-トである。これには,Aw33ーB44ーBFFーC4A3ーC4B1ーDRw13ーDQw1や,A24ーCw7ーB7ーBFSーC4A3+3ーC4B1ーDR1ーDQw1あるいはA11ーCw4ーBw62ーBFSーC4A3ーC4B1ーDR4ーDQw3などを持つ先組集団が含まれていたと考えられる。8)第3に,中国北部から南下し,朝鮮半島にもやって来たが,日本列島には殆ど到達しなかったグル-プがあったものと考えられる。このグル-プが持っていたMHCハプロタイプが,Aw30ーCw6ーB13ーC4A3ーC4B1ーDR7ーDQw2であったと考えられる。以上のように,家系調査に基づくMHCハプロタイプの分布調査は,互いに近縁な集団間の遺伝的関係を探るために,極めて有力なマ-カ-となることが分かった。