著者
PHILIPS John E.
出版者
日本中東学会
雑誌
日本中東学会年報 (ISSN:09137858)
巻号頁・発行日
no.6, pp.271-287, 1991-03-31

奴隷制は人類の歴史の中で、文明の発達と同じように古く、また世界全体にかかわる問題の一つである。奴隷制は人間に対する抑圧と搾取の慣習としてさまざまな形態で今日でも世界の所々に残っており、奴隷制の研究が研究者の間で注目されるテーマとなっても不思議ではない。特に、イスラム社会では、奴隷兵士の問題が論じられる機会が多い。アフリカの歴史の中で奴隷制は避けて通れぬ大きな問題であり、たとえばサハラ砂漠奴隷貿易や大西洋奴隷貿易の原因とその影響、大西洋を渡った奴隷の数などについてはさまざまな議論がある。奴隷貿易によって成立した「三角貿易」はアフリカに新しい技術をもたらしたのか、むしろ人口の減少と部族間の争いをもたらしたのか、そして大陸内の奴隷の増加によリヨーロッパの植民地支配と今日の低開発状態を招いたのではないか、などさまざまな角度から論じられてきた。今回の「奴隷制と社会の歴史世界大会」を主催したアレワ・ハウスのあるナイジェリアでは、イスラム教徒中心の北部のハウサ族と、キリスト教徒の多い南部諸部族の長い対立の中で、奴隷狩りが繰り返されてきており、奴隷制は重大な問題である。今回の大会では「奴隷制と社会」に関しての理論的発表やイスラム教社会の奴隷制についての事例研究発表が数多くあった。大西洋貿易のアフリカ大陸への影響について、ナイジェリアの発表者は奴隷貿易によって貿易商人やアフリカの支配者は財産を蓄積したが、アフリカの経済は自力で制御する力を失いアフリカの開発が遅れ、また人種差別的思想の出現を招くことになったと述べていた。発表者の中には、イスラム教とキリスト教が奴隷制を促進したという見解に挑戦した論文もあった。宗教と奴隷制はもっとも議論が出た話題であったが、この世界大会の終わりには、奴隷制に関してどちらの宗教も道徳的に非難から免れることはできないという合意が得られたように思う。事例研究としてゃザイールにおける戦争と奴隷制、北カメルーンにおける奴隷制とイギリスの支配、イスラム教と西スーダンの奴隷制経済などがあった。私は、「ソコト帝国における奴隷制と砦」の題で西アフリカのソコト帝国(1804-1903)の奴隷制と南北戦争前のアメリカ南部の奴隷制を比較した。両者の奴隷の大きな相違は、ソコト帝国では砦の防衛のために奴隷が兵士や行政官として配備されることがあったがあったが、アメリカではありえないことであった。