著者
難波 啓一 ROLAND DEGENKOLBE ROLAND DECENKOLBE
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

細菌の運動器官であるべん毛は、20種類の蛋白質から構成される生体超分子で、回転モータである基部体、らせん繊維型プロペラとして働くフィラメント、そしてそれらを連結してユニバーサルジョイントとして働くフックと、おおまかに3つの部分からなる。べん毛フィラメントはフラジェリンが非共有結合でらせん状に重合したチューブ構造で、極低温電子顕微鏡像の画像解析による構造解析法の長年にわたる工夫によってその原子モデルの構築に成功した(Yonekura et al., Nature 2003)。フックの構造については、その直線型構造の低温電子顕微鏡像解析による低分解能立体像と、サブユニット蛋白質FlgEのX線結晶構造解析法による原子モデルを組み合わせ、機能構造である曲がったフックの擬似原子モデルを構築し、それに基づく分子動力学シミュレーションにより、ドメイン間相互作用表面で一定数の水素結合やファンデアワールス接触点を保ちつつ結合相手を順次替えて相互滑りを起こし、各素繊維が約30%にもおよぶ伸縮をしてユニバーサルジョイント機能を実現することを明らかにした。(Samatey et al.Nature 2004)Roland DEGENKOLBE研究員は、べん毛基部体の蛋白質であるFliMとFliN、そしてべん毛蛋白質輸送装置の基幹サブユニットFliIとFliHが形成する複合体について、電子顕微鏡とX線回折法を組み合わせた超分子立体構造解析手法によるその全体構造の解析をめざしている。この複合体はべん毛の自己構築過程で、輸送の効率化を計るための非常に大切な役割を果たしており、構造が解けて原子モデルが構築できれば、べん毛蛋白質輸送のしくみについて大きな手がかりが得られると予想され、大変楽しみな研究プロジェクトである。そこで、DEGENKOLBE研究員は、この複合体の構成蛋白質を共発現する大腸菌大量発現系を用いた蛋白質試料の調整法、精製法の工夫を行い、結晶化とX線結晶構造解析、そして電子顕微鏡による立体構造解析をめざした研究作業を着実に進めてきた。いくつかの条件で微小な結晶が結晶化ドロップに現れ、それを拾い上げて実験室のX線回折装置にかけて回折能を確認したが、まだ良好な回折像は得られていない。結晶化条件をさらに工夫することにより結晶をより大きく成長させ、高分解能の回折反射を観測できるよう日夜がんばっている。この種類の仕事はリスクが大きく、本来ならば、2年間のJSPS特別研究員の短い期間中に挑戦するのには多大な困難が予想されるが、DEGENKOLBE研究員はこの難しい問題に果敢に挑戦し、質の高い成果を上げようとしており、その姿勢は高く評価できる。