著者
笹原 亮二 Ryoji Sasahara
出版者
国立民族学博物館
雑誌
国立民族学博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Ethnology (ISSN:0385180X)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.171-236, 2001-10-22

全国各地には獅子舞が分布していて,日本で最も数が多い民俗芸能といわれている。日本の獅子舞は,2人以上の演者で1匹の獅子を演じる二人立の獅子舞と,1人で1匹の獅子を演じる一人立の獅子舞に分類される。両者の違いは単に形態の面に止まらず,二人立は古代に成立した外来の舞楽・伎楽系統,一人立は中世末から近世初期にかけて成立した風流系統というように,芸能史的に異なる系統に属している。 一人立の獅子舞のひとつに,三匹獅子舞と呼ぼれる民俗芸能がある。三匹獅子舞は,頭上に獅子頭を戴き,腹部に太鼓を付けて1人で1匹の獅子を演じる演者が,3人一組となって獅子舞を演じるものである。三匹獅子舞は広域的かつ大量な分布が認められる。分布は,東日本においては,静岡,関東甲信越,岩手を除く東北地方,北海道と1都1道15県に及び,ほぼ全域において分布が見られ,その数は1,400ヶ所以上にのぼる。一方,西日本においては,江戸時代に埼玉県川越から伝来したとされる福井県小浜市に数ヵ所見られるのみである。 三匹獅子舞の分布の特徴としては,分布が見られた東日本においてまんべんなく存在しているのではなく,粗密のばらつきが見られ,地域的な偏りが顕著であること,芸態・呼称・上演形態など,様々な面において多様性が認められること,比較的狭い地域ごとに独特の類型が存在することが上げられる。 こうした分布の状況からは,分布の偏りや同じ風流系の一人立獅子舞である鹿踊との分布の棲み分け,各地域独特の上演形態が生じた理由,東日本における2匹一組や4匹一組の一人立獅子舞など,三匹獅子舞類似の芸能と三匹獅子舞の関係,西日本における一人立の獅子が登場する芸能と三匹獅子舞との関係といった,新たな問題の所在が看取できる。 遺存している文書記録や道具類によれぽ,三匹獅子舞は中世末から江戸初期にかけて姿を見せ始め,時代の経過とともに増加し,18世紀には現在の分布域ほぼ全域において所在を確認することができるようになる。このように,三匹獅子舞の分布の現状が歴史的に形成されてきたものであるとすれぽ,前述の諸問題の検討は,単に分布という視角からのみではなく,歴史的文脈を踏まえて行う必要があろう。