著者
Fiedler Konrad SEUFERT Peter MASCHWITZ Ulrich AZARAE Hj. Idris 石井 実
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.45, no.4, pp.287-299, 1995-01-20
参考文献数
24

クアラルンプールの北約20kmに位置するマラヤ大学Ulu Gombak野外実験所付近の二次林(標高200-300m)において,1988-1993年に2種のウラギンシジミCuretis bulisとC. santanaの生態の観察を行ない,卵や幼虫は実験室に持ち帰って,飼育と顕微鏡による観察も実施した.調査地においてC. bulisの雌成虫が川岸のMillettia属(マメ科)に産卵するのを観察したが,産卵はアリのいない新梢にアリとの接触なしに行なわれた. 2種の幼虫は,開けた日当りのよい場所に生育する種々のマメ科木本の新芽で発見された.幼虫期間は9-13日,蛹期間は10-12日であった.幼虫は背部蜜腺dorsal nectary organをもたず,アリ類に世話をされることもなかったが, Pheidole, Anoplolepis, Oecophylla属のアリとは共存していた.これに対して, Crematogaster属のアリは激しく幼虫を攻撃し,その際,幼虫は伸縮突起tentacle organを露出させた.この器官は2齢幼虫から見られ,走査電顕による観察から筒状突起tentacle sheathsの内壁で生産される分泌物を発散する一種の防衛器官と思われたが, Crematogaster属のアリを撃退できなかった.幼虫と蛹は,接触刺激を加えると耳には聞こえない振動音を数分にわたって発したが,その機能は不明である.また,蛹をピンセットなどで摘むと,摩擦発音器stridulatory organによってキーキーと発音した.2-4齢で採集した3頭の幼虫から,蛹化前にApanteles aterグループの多寄生性のコマユバチの幼虫が脱出してきた.光学顕微鏡で幼虫の脱皮殻を観察したところ,胸部第1節と腹部第7節表皮上の窪みperforated chamberには, "pore cupola器官"が密にあったが,腺性の構造は見られなかった.また,第7腹節の"dorsal pores"にも腺の開口や特殊化した刺毛はなかった.筒状突起の陥入部内面の表皮にはうねりながら平行に走るひだがあり,分泌物と思われる微小な暗色の結晶が多数見られた.走査電顕で蛹の体表を観察すると,大まかに4種類の刺毛が見られた.まず,前胸と第6腹節の気門付近には対をなして生じる機械感覚毛と思われる長い刺毛(>200μm)があり,また蛹の体表内に陥入する円形の小孔(約10μm)から生じる"窩状感覚子"様の短い刺毛(約20μm)も見られた.この他に特異な大小2種類のpore cupola器官も観察された.いずれも,窩状感覚子の形状をしており,ひとつは20-30μmの小孔から生じた刺毛の先端が20-50の繊維状に分かれている.もうひとつは,刺毛の先端は乳頭状で10-20μmの小孔から生じる.これらのpore cupolaは,ヨーロッパ産のPolyommatus属やLycaena属などのシジミチョウの幼虫や蛹に見られる同様の構造と相同かもしれない.上記の野外観察の結果は,Curetis属の幼虫がアリを誘って安定した共生関係を形成することはないものの,種々のアリの存在下で生存できることを示しており,この属が客棲性myrmecoxenousであると結論できる.また,顕微鏡による幼虫と蛹の体表器官の観察結果から,ウラギンシジミ亜科が数々の固有新形質をもち,系統的に隔離された位置を占めるグループであることが明らかになった.