著者
村木 孝行 山本 宣幸 Zhao Kristin Sperling John Steinmann Scott Cofield Robert An Kai-Nan
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.C2Se2052, 2010 (Released:2010-05-25)

【目的】肩関節後方関節包の拘縮は可動域制限を引き起こすだけでなく肩関節のインピンジメントを誘発する因子になるとされている。肩関節内旋や水平内転などの生理的な肩関節運動は後方関節包を伸張しうるが、インピンジメントを避けて伸張を行うには関節の副運動を用いた関節モビライゼーションが有効である。しかし、後方関節包を伸張するために関節モビライゼーションを用いる時にどれくらいの外力を加え、何回反復する必要があるのかについては明らかにされていない。本研究の目的は新鮮凍結遺体から得られた肩関節後方関節包に対し、Maitlandの振幅手技を想定した滑り運動を反復して行った時の関節包の伸張量と機械特性の変化を調べ、重大な組織損傷を引き起こさずに関節包の長期的な伸張効果が得られる最小負荷とその反復回数について検討することである。【方法】標本には新鮮凍結遺体から採取された21肩を用いた。標本準備においては、まず肩関節標本の軟部組織を表層から順に切除し、後方関節包と上腕骨、肩甲骨だけを残した。さらに、この後方関節包の中央部分だけを残して上腕骨と肩甲骨を連結する幅30mmの後方関節包標本を作製した。次に、肩甲上腕関節の後方滑りをシュミレーションできるように試験標本をMTS Systems社製材料試験機に設置し反復負荷試験を行った。反復負荷試験は3種類の負荷(5N、20N、40N)での後方すべり手技を想定して行った。これらの3種類の後方滑り負荷はHsuら(2002)の報告を参考にし、後方すべり手技時に1)最初に抵抗を感じる点(5N)、2)抵抗が徐々に大きくなる点(20N)、3)抵抗が大きくなり滑りが止まる点(40N)として定義し、各負荷の大きさは前実験にて同様の後方関節包標本から得られた負荷‐伸張曲線から算出した。後方関節包標本は各負荷での反復試験に対して7標本ずつ振り分けた。反復負荷の回数は1Hzの振幅手技を10分間行うことを想定し600回とした。また、反復試験の長期効果を観察するために試験1時間後に同様の設定で1回の負荷試験を行った。反復試験は後方関節包に0.2Nの後方滑り負荷をかけた時の肢位から開始した。反復試験時には5Nの後方滑り負荷を加えたときの後方関節包の伸張量(5N伸張量)を反復1回目、100回目、200回目、300回目、400回目、500回目、600回目、そして試験終了1時間後に記録した。また、反復1回目、600回目、そして試験終了1時間後に得られた負荷‐伸張曲線の傾きから後方関節包の剛性を算出した。統計処理にはone-way repeated measures ANOVAを用い、Post hoc検定にはDunnettの多重比較検定とBonferroniの多重比較検定を用いた。有意水準は5%未満とした。【説明と同意】本研究はメイヨークリニック倫理委員会のサブグループである生物標本研究委員会で承認された。【結果】3種類のすべての負荷において、100回目から600回目の5N伸張量は反復1回目よりも有意に大きかった(p<0.05)。5Nでの反復試験では試験1時間後の5N伸張量は反復1回目に対して有意差はなかったが、20Nと40Nの反復試験では試験後1時間経過しても反復1回目と比較して有意に大きな5N伸張量を示した(p<0.05)。また、試験1時間後の5N伸張量に関して3種類の負荷を比較したところ、40Nの反復負荷では5Nの反復負荷よりも有意に大きな5N伸張量を示したが(p<0.05)、20Nと5Nでは有意差は見られなかった。後方関節包の剛性に関しては、3種類すべての負荷において600回目の剛性が1回目より有意に増加し(p<0.005)、試験終了1時間後には有意に減少した(p<0.05)。5Nの反復負荷では1回目と試験1時間後の間に有意差はなかったが、20Nと40Nでは試験後1時間経過しても剛性は1回目より有意に増加していた(p<0.005)。【考察】本研究の結果より、伸張時に抵抗を感じ始める程度の負荷(5N)では反復負荷終了時(600回目)には後方関節包が伸張されていても1時間後にはその伸張効果が消失してしまうと考えられる。それに対し、抵抗が増加する(20N)、あるいは滑りが止まる(40N)地点まで負荷が加えられた場合は1時間経過しても伸張効果が保たれ、負荷が大きいほどその効果が大きくなることが示唆された。また機械特性の点では、後方関節包の剛性が減少した場合は組織の大きな不可逆損傷が考えられる(Provenzanoら、2002)。本研究ではどの負荷でも反復負荷終了時には剛性が一時的に増加し、1時間後には減少するという経過をたどるが、開始時と比較して剛性が減少することはなかった。この点を踏まえると、滑りが止まる点まで負荷が反復して加えられても重大な組織損傷は起こさず、伸張効果が長期間維持されると考えられる。【理学療法学研究としての意義】今回得られた研究結果は関節モビライゼーションを用いて肩関節後方関節包の伸張を行う際に有用な基礎情報となりうる。