著者
Terasawa Takunori
出版者
東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻
雑誌
言語情報科学 (ISSN:13478931)
巻号頁・発行日
no.9, pp.117-133, 2011

本研究の目的は、日本のビジネス言説にしばしば見られる、「英語ができると収入が増える」という議論を検証することである。この考え方は、英語力の有無により労働の質・量が左右されると想定している点で、人的資本論の枠組みで捉えることが可能であり、本論文もこの枠組みに基づいた分析を行う。先行研究の諸問題(1.日本全体が視野に入っていない、2.労働市場が一枚岩として捉えられており、「人的資本」が機能する文脈/しない文脈の存在の可能性が念頭におかれていない、3.「大学歴」という第三の変数によって、英語力と賃金が同時に影響を受けることに対する配慮がない)を踏まえ、日本の労働市場のどの文脈で、英語が「人的資本」として働くかを労働経済学の計量モデルに基づき検討する。その結果、多くの文脈において、英語力が「人的資本」として働いているという明確な証拠は得られず、むしろ、両者の関係は、大学歴等による疑似相関の可能性が高いことが示唆された。最後に、考察では、こうした結果にもかかわらず、「人的資本としての英語力」言説が流布する背景を議論した。
著者
Terasawa Takunori
出版者
東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻
雑誌
言語情報科学 (ISSN:13478931)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.109-124, 2012-03-01

本研究は、日本社会における「英語格差」(English divide)の実態を、経験的な研究の知見を整理することで明らかにし、「英語教育と平等」という議論への示唆とするものである。まず、多様な用いられ方をしている「英語格差」という用語を5つに類型化し、このうち「教育と平等」という論点に関連が深い「英語教育機会」論(既存の富の差→英語力の差)および「資本としての英語力」論(英語力の差→新たな富の差)に分析対象を限定する。これらを統合すると、一種の再生産論と見なすことができるが(既存の富→英語力→新たな富)、この再生産過程を「英語格差」と定義し、これを先行研究の整理によって検証する。その結果、前者(既存の富の差→英語力の差)の存在は明らかになったが、後者(英語力の差→新たな富の差)は、英語力の賃金への効果を取り扱った研究を見るかぎり、かなり限定的なものであることがわかった。以上から、経済的な再生産としての「英語格差」論は否定されたわけだが、格差は経済的な面に限定されないこと、また、分析に用いたデータが過去のものであり現在の政策決定に直接的な回答を与えるものではないため、慎重な教育政策論議が必要である。