著者
乙須 翼 Tsubasa OTOSU
出版者
長崎国際大学
雑誌
長崎国際大学論叢 = Nagasaki International University Review (ISSN:13464094)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.1-13, 2012-03

本稿は、戦争や惨劇、差別や災害など、「人間の苦痛」に関連した場所や資料を保存、展示し、それらを鑑賞する行為、またその現象を、教育学的課題として検討しようとするものである。ダークツーリズム研究や戦争写真論などで指摘されるように、メディアを通じて語られる「人間の苦痛」や、博物館で展示される「人間の苦痛」は、教育的要素を持つと共に様々なメッセージを見る側に伝える。しかし、そこで指摘されている問題は、学校や博物館での平和教育や道徳教育において、「人間の苦痛」に関連する資料が多く用いられる教育現場の問題でもある。本稿は、「人間の苦痛」を語る際に孕む問題点を検討しながら、その問題を乗り越える可能性についても提示した。
著者
乙須 翼 Tsubasa OTOSU
出版者
長崎国際大学
雑誌
長崎国際大学論叢 (ISSN:13464094)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.1-12, 2010

アメリカにおいて、飲酒や賭博、暴力や動物への虐待を伴う娯楽への批判が本格的になされるのは、1820年代、30年代以降のことである。中流階級の人々を中心に行われた社会改革で、古くからある娯楽の多くは姿を消すか、形を変え、娯楽に対する人々の眼差しや態度は変化していく。本稿はこういった変化が見えつつあった18世紀末の娯楽批判の特徴を捉えるものである。アメリカでもいち早く社会改革が進められたフィラデルフィアの娯楽批判の言説空間では、古くからある娯楽が怠惰や浪費、貧困、犯罪と結びつくものとして批判される。またそれと同時に、健全な家庭生活や勤勉の精神、名誉、時間、健康、他者や動物の悲劇や痛みへの感受性といった諸価値がそこでは提示される。つまり、18世紀末の娯楽批判の言説空間とは、19世紀初頭の本格的な社会改革を支える「ミドリング・クラス」の価値観を提示、創出する、そういった場でもあったのである。In America, it was from the time of social reform that the people drastically changed their view and attitude to amusements in their leisure time. Middling-class reformers mainly attacked amusements which belonged drinking, gambling and violence to human and animals in the early nineteenth century. Consequently, these amusements were disappeared or were changed to rational leisure or sports. This study focuses the criticisms of amusements in the late eighteenth century Philadelphia where a capital of American social reform, and captures the features of them. In critical essays, reformers attacked traditional amusements because they made people idle, extravagant, poor and criminal. Furthermore, in the critical essays, some values were emphasized: healthy family life, spirit of industry, honor, time, health, and sensibility to tragedy and pain of others. In short, the criticism of amusements at that time was a place where the key values were created and presented to the people, that of "middling class" who would lead American social reform.