- 著者
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Tsuya Hiromichi
- 出版者
- 東京大学地震研究所
- 雑誌
- 東京大学地震研究所彙報 (ISSN:00408972)
- 巻号頁・発行日
- vol.40, no.4, pp.767-804, 1963-03-10
富士山南腹の大淵地内の海抜700m余の地点において,今から20余年前に,同火山の基盤岩層の石油探査の目的で,深さ1000m内外に達するボーリングが行われた.これを大淵ボーリングとよぶ.近年には,富士山腹の開発のために,地下水源を求めて各地でボーリングが行われている.その一つは富士総合開発株式会社が富士宮登山道一合目近くの箱荒沢の海抜1050mの地点において掘進中の長さ2000m以上に達する水平坑道と数本のボーリングである.これを箱荒沢トンネルおよびボーリングとよぶ.また,富士山の北東および北麓近くの山腹において行われた数本のボーリングのうち鳴沢村地内の海抜1000m余の地点には,農林省農地局によつて行われた鳴沢ボーリングNo.11がある.大淵ボーリングの地質については,かつて報告したことがあるが,筆者の手元に保存されているその一部の錐心を,新たに箱荒沢トンネルおよびボーリングの坑壁岩片および錐心,鳴沢ボーリングの錐心などと比較観察した.また,箱荒沢トンネルについて坑内の地質調査を行つた.この調査研究の結果,筆者がかねて提唱する富士火山の三部構造,すなわち小御岳火山,古富士火山,および新富士火山がさらに確認された.大淵ボーリングにおいては,孔口から深さ約280mまでは新富士の噴出物(橄欖石玄武岩,紫蘇輝石・普通輝石・橄欖石玄武岩など),深さ約330~350m付近は古富士の噴出物(含普通輝石・橄欖石玄武岩,紫蘇輝石・橄欖石玄武岩など),深さ約413~484m付近は小御岳火山の噴出物に類似するが,おそらく愛鷹山火山の噴出物(橄欖石・紫蘇輝石・普通輝石安山岩),深さ約620m以下少なくも885mまでは富士山周辺の山地や伊豆地方に分布するいわゆる御坂統(第三紀中新世下部)に類似する基盤岩層(変質凝灰岩,緑色安山岩,砂岩など)である.箱荒沢トンネルにおいては,抗口から深さ約1740mまでは新富士の熔岩,集塊岩,角礫岩など(橄欖石玄武岩,普通輝石・橄欖石玄武岩,紫蘇輝石・普通輝石・橄欖石玄武岩など)で,その全体の厚さは約300m,西方への傾斜約10°である.その深さ約1740mから奥の2000mまでは古富士の噴出物で,大部分玄武岩質の角礫岩層(火山泥流,火砕流体積物を伴なう),火山灰砂層などであるが,二,三の熔岩層(含普通輝石・橄欖石玄武岩,紫蘇輝石・橄欖石玄武岩,普通輝石・紫蘇輝石・橄欖石玄武岩など)を挟む.火砕流堆積物の中には,まれに完全に炭化した天然木炭があり,これのC14年代測定によつて,古富士火山の噴火年代を知ることができるであろう.学習院大学化学教室の木越邦彦教授によって行われた測定によると,この木炭の年令は21200(±950)年である.従って,古富士火山は今から約2万年前の時代に噴火活動を行っていたにちがいない.また深さ1920mから奥の角礫岩の間には,玄武岩質の火山灰砂層の他に,純白色乃至淡灰白色の軽石ガラスの砂の薄いレンズ層(厚さ2~3cm)が挟まる.この砂は玄武岩や長石,輝石などの破片を多少雑えるが,大部分無色透明の天然ガラスの破片で,その屈折率(n=1.500)のきわめて低いことから,石英安山岩あるいは流紋岩質のものと考えられる.この酸性火山岩の軽石が古富士火山の噴出物であるかどうか明らかでないが,宝永4年の噴火のとき,玄武岩砂礫の噴出にさき立つて,石英安山岩質の軽石(そのガラスの屈折率n=1.507)および黒曜石が噴出した事実から見ると,古富士火山の活動時代にすでに同様の噴火現象が起つたとも考えられる.箱荒沢トンネルの坑内では,古富士と新富士との噴出物は特に著るしい侵蝕面によつて境されず,構造的にも著るしい相異を示さないが,新富士の噴出物は大部分玄武岩熔岩層であるのに対して,古富士のそれは大部分火山灰砂および角礫岩層で,岩質上,富士宮市付近の山麓に分布する古富士噴出物にきわめてよく類似するものである.箱荒沢トンネルの坑内1330mの地点において掘られた深さ85mのボーリングの錐心はすべて新富士のもので,坑道の1330~1700mの熔岩層その他に相当する.また坑奥の枝坑内において掘られた深さ115mのボーリングの錐心はすべて古富士火山の噴出物である.鳴沢ボーリングNo.11においては,孔口から深さ約70mのところまでは新富士の噴出物(大部分熔岩層で,含紫蘇輝石・橄欖石玄武岩,含普通輝石・橄欖石玄武岩,橄欖石玄武岩,複輝石玄武岩など)である.これらは新富士の噴出物としてはむしろその活動初期に近いもので,ボーリング地点から鳴沢,大田和,大嵐などの部落付近に若干の火山灰砂層をかぶつて分布する大田和熔岩,船津熔岩,嗚沢熔岩などはそれらに当たる.ボーリングの深さ約70m以下150mまでは古富士火山の噴出物で大部分玄武岩質の角礫岩および灰砂層であるが,深さ約84~89mのところに橄欖石玄武岩の熔岩層があり,また深さ約129~134mのところに固化した凝灰岩層がある.ここでも新富士と古富士との境界に著しい風化侵蝕面は認められないが,深さ約70m以下の角礫岩層は箱荒沢坑道内や富士宮付近の地表に見られる古富士噴出物と岩質上よく類似する.その上に,深さ150mの孔底に近い部分の角礫岩の礫には,小御岳火山の安山岩に近似するものが少なくない.このことは古富士火山の噴出が小御岳火山の山体上に起つて,後者の噴出物の破片を雑えたことを示すものであろう.