- 著者
-
小竹 美子
- 出版者
- 東京大学
- 雑誌
- 東京大學地震研究所彙報 (ISSN:00408972)
- 巻号頁・発行日
- vol.75, no.3, pp.229-334, 2000
- 被引用文献数
-
2
The western Pacific to eastern Asia region is an area where several mega-plates including Eurasian, Pacific, Indian-Australian, and North American plates converge. A variety of geodynamic phenomena occur in this area such as continental collisions in the Himalayan area and large-scale intraplate deformation in Chinese continent, subduction of oceanic plates and backarc spreading behind the subducting plates, as well as instantaneous events such as earthquakes and volcanic eruptions. Although geological plate motion models have been proposed for these large plates such as NUVEL-1 (DEMETS et al, 1990) to investigate tectonics in this region, these large-scale models lack smaller scale plates such as Amurian plate, Okhotsk plate, and Caroline plates.西太平洋・東アジア地域は太平洋プレート,ユーラシアプレート,インド・オーストラリアプレートなど大きなプレートが互いに沈み込み,衝突しあう収束の場である.このため,この地域では複雑・多様な地学現象が発生する.たとえば,インド大陸の衝突によるヒマラヤ山脈の隆起,チベット高原~中国大陸に至る地殻の変形,インドネシア~フィリピンの複雑なテクトニクス,背弧海盆の拡大や太平洋プレート,フィリピン海プレートの沈み込みによる日本列島の変形など多くの興味深い現象が指摘されている.これらのプレートに関しては,海洋底磁気異常の縞模様などから,地質学的な時間スケールでの剛体的なプレート運動モデルが提唱されている.一方,この地域ではアムールプレートをはじめとする,いくつかのマイクロプレートが提唱されているが,これらのプレートの運動や境界は必ずしも明確になっていない.そこでこの地域のテクトニクスを解明するためには,まず計測に基づく現在のプレート相対運動モデルを確立することが必要である.プレートモデルが確定すれば,さらに詳細な観測事実からプレートの内部や境界における変動場を検出することが可能になり,そこからプレート間相互作用を推定してテクトニクスをより詳しく知ることが可能になるであろう.このような,現在のプレート相対運動と内部変形の精密な解明のためには宇宙測地技術を用いることが必要であり,わけても上記のような目的のためにはGPSを用いることがもっとも適切と考えられる.そこで本研究では地震研究所が中心となって実施してきたこの地域のGPS観測のデータを解析して以下のことを解明しようと試みた: 1)西太平洋~アジア地域の変位速度場を明らかにする. 2)精密なフィリピン海プレートの運動に基づいて,マリアナの背弧拡大やヤップパラオ地域の変位速度場を明らかにする.使用したデータは当地域における1995年7月から1998年6月までのWING, IGS, GSIによる連続観測データおよび沖の鳥島,マリアナ,ヤップ・パラウにおける1992年以降のキャンペーンデータである.連続観測点は解析当初においては十数点にすぎなかったが,その後増加して1998年には38点にのぼった.解析にはBernese software v4.0 (ROTHACHER and MERVART, 1996)を用いfiducial-freeの方法を適用した.基線長が2000kmを越える長基線も含まれるので,初期位相不確定の解決にはMelbourne-Wuebbena一次結合も導入した.座標系はHEKI (1996)によるKinematic Reference Frameを採用して,ユーラシア安定地塊に対する変位を求めた.まず,西太平洋~東アジアにおけるGPS連続観測データの解析結果から以下のことが判明した;1)太平洋プレートやフィリピン海プレートなどの海洋プレート上の観測点,たとえば南鳥島,トラック島などプレート境界から隔たった内部の観測点は,剛体プレートモデルから予測される速度と調和的である. 2)石垣島やグアムなど,プレート境界で背弧拡大を示唆する観測点がある. 3)ユーラシア大陸地殻上の観測点,ラサ,西安,武漢,上海などでは大規模なプレート内変形が進行し,インド大陸の衝突の影響が東方へ伝搬していく様子を示している.次に,沖の鳥島の繰り返し観測データに地理院の南大東島,父島,八丈島の観測データをあわせてフィリピン海プレートの回転運動を求めた.繰形最小二乗法を用いることで,Euler vectorは(41.55N±0.42, 152.46E±0.43, -1.50±0.04deg/my)と精度良く求められた.第三に,フィリピン海プレート内部で顕著な変形を示すマリアナトラフの背弧拡大の解明を試みた.グアム島を含む北マリアナ諸島のGPS繰り返し観測のデータを解析し,以下の結論を得た; 1)マリアナ諸島はフィリピン海プレートの主要部分に対し近似的には1つのブロックとして回転している, 2)マリアナトラフの拡大速度はグアム島付近で約6cm/yrに達するが,その速度は緯度に依存して北に行くほど遅くなる.これは,海底磁気異常データから得られる速度と定量的にも調和的である, 3)マリアナ小プレートの剛体的モデルから推定される運動と観測値を比較すると,北部のパガン島,ググアン島,アナタハン島はわずかに北向きにずれており,南部のサイパン,グアムではほぼ一致する.マリアナ小プレートは北緯16度近傍において南北に分かれている可能性があり,提唱されているセグメント化の考えと調和的である.最後に,フィリピン海南端に位置するヤップ.パラウ付近の変位速度場について考察した.パラウの連続観測に基づく変位速度の観測値(約2年)とモデル値は有意に異なっており,その原因は明らかでない.そこで太平洋プレート側のウリシ島・ファイス島を含むこの地域で実施された繰り返し観測のデータ(1992~1996)を解析して,より長期間の変動を調査したところ,以下のことが明らかとなった; 1)ヤップ島の変位速度はモデル値よりも22~25%遅くその差は有意であると思われる. 2)ヤップ海溝で両側のプレートはおよそ1cm/yrの速度で収束していることが示唆される. 3)ウリシ島・ファイス島の変位速度は太平洋プレートのNUVEL-1Aの速度とほぼ一致する.またトラック島とウリシ島・ファイス島間の距離に有意な変化はなく,カロリンリッジはこの地域では変形していないと考えられる.すなわち,台湾で観察されるような沈み込み(衝突)直前の海洋プレートの変形は,ここでは観測されない. 4)パラウ島では観測された変位速度はモデルに比較して35%程度遅いが,連続観測による推定値と非調和的であり,さらに観測と解析を継続する必要がある.