著者
上垣 渉 根津 知佳子 Wataru UEGAKI Chikako NEZU
出版者
三重大学教育学部
雑誌
三重大学教育学部研究紀要 (ISSN:18802419)
巻号頁・発行日
vol.64, pp.41-60, 2013

本論文の目的は,音楽療法における数学的パラダイムの構造を明らかにすることである.そのために,古代ギリシアにおける音楽理論の形成過程と,その特徴及び人間への影響の仕方を考察した.古代ギリシアの音楽理論はオリュンポスによって創始され,テルパンドロスによってオクターブ的7 音音階が成立した.ピュタゴラスはそれを改革して8 音音階を完成させ,数比(ラチオ)にもとづく音楽理論を展開した.一方,アリストクセノスは音楽理論における数比主義を排除して,調和(ハルモニア)を求める聴覚に依拠した知覚主義的音楽理論を唱えた.これら2 つの音楽理論の統一を図ろうとしたのがプトレマイオスであった.音楽の世界と数学の世界を結びつけるのは比例(アナロギア)であり,比例によって音律論は強固な数学的基礎を獲得したのである.音楽は人間の精神に対して倫理的・教育的な作用力を発揮するが,本論文では,そのような音楽の特性を「音楽のエートス」と名づけた.プトレマイオスは,エートスの発生はトノスの転位の結果であると考え,7 種のオクターブ形式を定式化した.この7 種の形式が人間の精神に対して勇気,悲哀など種々の影響をもたらすのである.以上の考察から,数学的パラダイムはラチオとハルモニアを核とし,アナロギアを介して,音楽的エートス論を形成するという構造を持っていることを明らかにした.