著者
富田 昌平 藤野 和也 TOMITA Shohei FUJINO Kazuya
出版者
三重大学教育学部
雑誌
三重大学教育学部研究紀要. 自然科学・人文科学・社会科学・教育科学・教育実践 (ISSN:18802419)
巻号頁・発行日
vol.67, pp.161-167, 2016-03-22

幼児期における下品な笑いの発達について、2~6歳児の親188名を対象に質問紙調査を行った。その結果、下品な笑いは男女共通に見られ、4歳から6歳にかけて多く見られることが示された。また、ギャグによる笑いは、流行のギャグをそのまま反復するだけであったが、下ネタによる笑いは、「おしり」「うんち」「おなら」などの単語と「フリフリ」「プー」「ブリッ」などのオノマトペとを結合させる、他者との対話を通して笑いを成立させるなど、子ども独自の生活世界から生み出されるユニークさを伴っていた。下品な笑いに対する親の態度は、厳格か寛容かで分けられたが、親がどちらの意見を持つかに年齢や性別による違いは見られず、どこまで許せるかという程度の差こそあるものの、その具体的な対応や指針は基本的には同様であった。以上の結果は、4、5歳児期における自己意識と仲間関係の発達という観点から考察された。
著者
佐藤 年明 Satou Toshiaki
出版者
三重大学教育学部
雑誌
三重大学教育学部研究紀要 (ISSN:18802419)
巻号頁・発行日
vol.57, pp.171-183, 2006

本稿は、日本教育方法学会第41回大会における筆者の自由研究発表「思春期の性教育における男女別学習と男女合同学習の意味‐スウェーデン王国の事例を参考に‐」(2005年10月2日、鹿児島大学教育学部)の発表時配布資料を一部修正、加筆したものである。社会における男女平等、男女共同参画社会の推進の流れの中で、わが国の小中学校における性教育についても、かつての小学校における女子のみの初経指導と男子の放置という貧弱な性教育の実態への反省もあって、学級において男女合同で性に関する学習を行なうことが望ましいと考える関係者が多いのではないかと思われる。しかし、思春期特有の性に関する強い羞恥心と児童生徒の自らの性のprivacyを守りたいという正当な要求に配慮するならば、学習過程で男女別学習を組み込むことが効果的である場合もある。このことを日本とスウェーデンの実践事例の検討を通じて考察した。但し、性の学習における「男女」という二区分は、性自認や性志向におけるマイノリティの立場にある児童生徒がクラスに存在する場合には、却って弊害をもたらす場合もあり、当事者との協議を含む慎重な対応が必要である。
著者
松本 昭彦 MATSUMOTO Akihiko
出版者
三重大学教育学部
雑誌
三重大学教育学部研究紀要, 自然科学・人文科学・社会科学・教育科学 (ISSN:18802419)
巻号頁・発行日
vol.65, pp.92-100, 2014-03-31

歌枕「末の松山」について、それを「波が越す」という有名な措辞がある。古くは『古今和歌集』巻二十・第一〇九三番歌に、「君をおきてあだし心をわが持たば末の松山波も越えなむ」とあり、「仮名序」にも和歌表現の歴史を言う中で、「あるは、松山の波をかけ」とある。この東歌の表現は、『万葉集』巻七・第一三八二番歌「泊瀬川流る水沫の絶えばこそ我が思ふ心遂げじと思はめ」等の類型表現と同様、「非現実的現象の非実現性」を、恋心の永続性の譬喩とするものだが、仮定の上下が逆になっている。わざわざ上下が逆転した作りになっているのは、貞観津波によって「末の松山を波が越える」ことは、実現一歩手前まで行ってしまったので、類型通りでは、自らの恋心の誓いにならないと感じられたためと思われる。つまり、この東歌の、そしてこの措辞の背景には、貞観津波で末の松山に津波が迫ったという事実があったはずなのである。この措辞が都に伝わると、一気に広まったが、やがて津波の知識・記憶は薄れ、元々の意味とは別に、面白い表現として使用され、「歌枕」となったものであろう。
著者
南 学 MINAMI Manabu
出版者
三重大学教育学部
雑誌
三重大学教育学部研究紀要, 自然科学・人文科学・社会科学・教育科学 (ISSN:18802419)
巻号頁・発行日
vol.65, pp.207-213, 2014-03-31

近年青年の「恋愛離れ」が指摘されている一方で、青年の生活満足度は高くなっている。この現象に関して、古市(2011)は、社会的閉塞感から将来に明るい展望が持てないために、「今、ここ」の幸せに満足しているのではないかという仮説を提唱している。本研究では、この仮説を実証的に検証するため、時間的展望体験尺度と価値観を測定し、検討をおこなう。また、併せて恋愛イメージを測定し、それとの関連を検討した。結果は、「現在の充実感」において女性のほうが高く、「自己沈潜的人生観」において恋愛不要群が高かった。また、恋愛イメージに関してクラスタ分析をおこない、それぞれ2群に分けたところ、恋愛不要低群・男性において「希望」が有意に低かった。これらの結果から、一部の男性においてとくに社会的閉塞感の影響が強いことが示唆された。
著者
原田 三千代 HARATA Michiyo
出版者
三重大学教育学部
雑誌
三重大学教育学部研究紀要. 自然科学・人文科学・社会科学・教育科学・教育実践 (ISSN:18802419)
巻号頁・発行日
vol.67, pp.411-423, 2016-03-22

2014年度教育学部日本語教育コース2年生(10名)を対象にした『日本語表現』クラスに対面および、moodleによる非対面の推敲を取り入れたブレンディッド型の教室活動を実施した。その結果、対面・非対面の推敲活動によって、それぞれ対話的な相互作用の特徴を生かした教室活動が可能であることが示唆された。そこで、本稿では、初稿のテキストと推敲活動後に産出されたテキストに焦点を当て、テキストの論述表現に変化が見られたのか、さらに、テキストの変化につながるような相互作用が行われていたのかを探るため、KHcoderによるテキスト分析および相互作用の質的な分析を行った。その結果、対話的推敲活動によって、テキストの語彙量の増加や論述表現の多様性に結びついており、批判的な分析や自分なりの評価を伴う推敲活動がテキストの変化につながったことが示された。
著者
郷右近 歩 舛本 大輔
出版者
三重大学教育学部
雑誌
三重大学教育学部研究紀要 (ISSN:18802419)
巻号頁・発行日
vol.63, pp.97-102, 2012

2011年度、三重大学教員免許状更新講習では、聴覚障害を有する教員に向けた学習支援を実施した。聴覚障害を有する教員の受講に際して、5項目の課題が明らかになった。すなわち、①情報の効率的な取得に関する配慮、②担当講師の授業展開や話し方の特徴に対する支援者の即応力、③速記者における熟達の度合いと講義内容の理解水準、④音声文字変換ソフト導入の可否、⑤受講者と支援者との関係性の構築、である。都市部とは異なり、地方の講習開設主体(大学等)は聴覚障害教育に関する専門職員を雇用できるとは限らない。しかしながら、各都道府県には聾学校があり、聴覚障害を有する教員も勤務している。それぞれの地域で、聴覚障害を有する教員が合理的配慮のもと教員免許状更新講習を受けられる体制の構築が喫緊の課題であり、三重大学における取り組みは、そのモデルケースとなり得るものであった。
著者
村松 浩幸 砂岡 憲史 川瀬 忠 桜井 正広 坂口 謙一 平舘 善明 木下 龍 Muramatsu Hiroyuki Sunaoka Norifumi Kawase Tadashi Sakurai Masahiro Sakaguchi Kenichi Hiradate Yoshiaki Kinoshita Ryu
出版者
三重大学教育学部
雑誌
三重大学教育学部研究紀要 (ISSN:18802419)
巻号頁・発行日
vol.56, pp.31-36, 2005

中学校技術科「情報とコンピュータ」において自動化学習用に開発した自動化簡易言語「オートマ君」の制御用DLLおよびUSBインターフェイスを、USB制御とパラレル制御の両方に対応できるように改良した結果、次の成果が得られた。(1)USB制御に対応させることで、OSおよびハードウェアの制約を少なくし、より多くの環境で自動化学習が可能になった。(2)USB制御とパラレル制御の両方に対応させることで、今までのハードウェア資産を生かしつつ、新しい環境での自動化学習に移行できるようになった。(3)改良した制御用DLLは使用法を公開し、他プログラム言語でも利用可能になった。
著者
大谷 正人 Otani Masato
出版者
三重大学教育学部
雑誌
三重大学教育学部研究紀要 (ISSN:18802419)
巻号頁・発行日
vol.56, pp.107-113, 2005

レナード・バーンスタインは20世紀にアメリカが生んだ大指揮者兼作曲家として、世界中で活躍し、多くの人々から愛された。バーンスタインにとって、1970年代の後半を中心とした危機的状況は重要な意味を持つと考えられる。作曲家として後世に残るようなシリアスな名曲を作曲したいという思いのため、1969年にニューヨーク・フィルハーモニックの指揮者を辞任したが、その後に作曲した大曲はいずれも期待したような評価は得られず、熱狂的な歓迎の得られる指揮活動を中心にせざるを得なかった。また1976年から1年近くバーンスタインは、妻のフェリシアと別居し男性の愛人と暮らしていたが、その別居中に発症したと思われる肺癌のため、1978年フェリシアは死去した。その悔恨の思いはバーンスタインの生涯続き、その後の音楽活動にも影響を及ぼした。特に演奏面での変化は著名で、遅い曲でバーンスタインのとるテンポは時々極端に遅くなっていった。
著者
伊藤 敏子 ITO Toshiko
出版者
三重大学教育学部
雑誌
三重大学教育学部研究紀要, 自然科学・人文科学・社会科学・教育科学 (ISSN:18802419)
巻号頁・発行日
vol.66, pp.325-341, 2015-03-31

Inazo Nitobe (1862-1933), known in the West as the author of Bushido : The Soul of Japan (1900) and as a high-ranking League of Nations official (1920-1926), sought to mediate between the West and the East by building "a bridge across the Pacific Ocean". In Japanese education, he contributed toward establishing a new style of character development named "shuyo", which was designed to instill "culture" or "Bildung" through the reading of Western literary classics ; This approach was widely adopted among the next generation of educators under the name of "kyoyo". As an educator, Nitobe was practising this approach across the full range of Japan's social strata, but current academic opinion is divided as to whether he managed to exert a unifying influence on the country's social divisions. This paper examines Nitobe's educational legacy from a systems theory perspective, applying Niklas Luhmann's (1927-1998) reassessment of the inclusion / exclusion relationship.
著者
大谷 正人 OTANI Masato
出版者
三重大学教育学部
雑誌
三重大学教育学部研究紀要, 自然科学・人文科学・社会科学・教育科学 (ISSN:18802419)
巻号頁・発行日
vol.66, pp.13-20, 2015-03-31

自殺予防の精神療法を行う際には、自殺者の9割以上に存在する精神疾患の治療、十分な時間をかけた傾聴、希死念慮の一時性の確認、周囲の人々との絆の回復への支援などが臨床上主要な課題となる。自殺予防の根拠となり得るセラピーの一つとして、フランクルのロゴセラピーがある。フランクルのロゴセラピーは、人々が人生の意味を見出すことを援助することがその本質であるが、自殺防止に役立つ様々な視点も存在している。それは、創造価値、体験価値、態度価値という生きる意味を確認すること、未来への視点をどのような時でも持ち続けること、「生きることから何かを期待できるか」ではなく、「生きることが私たちから何を期待しているか」という自己中心的世界観から世界中心的世界観への変換の必要性、苦悩のもつ意義の確認、愛する者への思いにより救済され得ること、そして自己超越による永遠性という視点である。自殺予防に関わる者にとって、フランクルのロゴセラピーは大きな示唆を与え続けている。
著者
富田 昌平 TOMITA Shohei
出版者
三重大学教育学部
雑誌
三重大学教育学部研究紀要. 自然科学・人文科学・社会科学・教育科学・教育実践 = BULLETIN OF THE FACULTY OF EDUCATION MIE UNIVERSITY. Natural Science,Humanities,Social Science,Education,Educational Practice (ISSN:18802419)
巻号頁・発行日
vol.68, pp.129-136, 2017-03-31

本研究では、幼児期における恐怖対象の発達的変化について検討した。研究1では、保育園年中児29名、年長児26名を対象に、恐怖対象の有無やその内容と理由、5つの一般的な恐怖対象(お化け、動物・虫、暗闇、幽霊、注射)に対する感情評価について尋ねた。その結果、子どもの恐怖対象の数は加齢に伴い減少すること、女児は男児よりも恐怖対象を持つ傾向にあることが示された。研究2では、幼稚園児の保護者66名を対象に、子どもの恐怖傾向とその強さ、恐怖対象の内容と発達的変化について尋ねた。その結果、恐怖対象の発達差や性差に関して、研究1の結果が概ね繰り返された。また、内容的には年齢や男女問わず、お化け、動物・虫、幽霊、暗闇、1人でいることなどが多く挙げられ、加齢に伴い想像的なものに対する恐怖が増加することが示唆された。考察では、幼児期における恐怖対象とその発達的変化を踏まえた上で、「怖い」を楽しむ実践を育児や保育においてどのように位置づけ、展開していくかが議論された。【キーワード】恐怖対象、想像、幼児
著者
富田 昌平 藤野 和也 TOMITA Shohei FUJINO Kazuya
出版者
三重大学教育学部
雑誌
三重大学教育学部研究紀要. 自然科学・人文科学・社会科学・教育科学・教育実践 (ISSN:18802419)
巻号頁・発行日
vol.67, pp.161-167, 2016-03-22

幼児期における下品な笑いの発達について、2~6歳児の親188名を対象に質問紙調査を行った。その結果、下品な笑いは男女共通に見られ、4歳から6歳にかけて多く見られることが示された。また、ギャグによる笑いは、流行のギャグをそのまま反復するだけであったが、下ネタによる笑いは、「おしり」「うんち」「おなら」などの単語と「フリフリ」「プー」「ブリッ」などのオノマトペとを結合させる、他者との対話を通して笑いを成立させるなど、子ども独自の生活世界から生み出されるユニークさを伴っていた。下品な笑いに対する親の態度は、厳格か寛容かで分けられたが、親がどちらの意見を持つかに年齢や性別による違いは見られず、どこまで許せるかという程度の差こそあるものの、その具体的な対応や指針は基本的には同様であった。以上の結果は、4、5歳児期における自己意識と仲間関係の発達という観点から考察された。
著者
後藤 綾文 松浦 均 GOTO Ayafumi MATSUURA Hitoshi
出版者
三重大学教育学部
雑誌
三重大学教育学部研究紀要. 自然科学・人文科学・社会科学・教育科学・教育実践 = BULLETIN OF THE FACULTY OF EDUCATION MIE UNIVERSITY. Natural Science,Humanities,Social Science,Education,Educational Practice (ISSN:18802419)
巻号頁・発行日
vol.68, pp.69-75, 2017-03-31

本研究の目的は、児童期から青年期にあたる小学生から大学生までの子どもを対象とした援助要請研究について、友人に対する援助要請を促進する要因という観点から整理することである。先行研究で扱われている援助要請に関わる概念を、操作的に援助要請意図、援助要請態度、援助要請行動の3つの概念に分類し、小学校、中学校、高等学校、大学という各学校段階ごとに概説した。その結果、どの学校段階にあっても、子どもを取り巻く周囲との関係性や周囲の価値観、子どもが所属する集団や組織、環境に関わる要因が、子どもの援助要請に関わっていることが示唆された。子どもの援助要請を促進する支援や実践を考えるうえで、今後は環境要因に注目し、援助要請者と援助者との相互の影響を明らかにする必要性を指摘した。
著者
萩原 克幸 HAGIWARA Katsuyuki
出版者
三重大学教育学部
雑誌
三重大学教育学部研究紀要. 自然科学・人文科学・社会科学・教育科学・教育実践 = BULLETIN OF THE FACULTY OF EDUCATION MIE UNIVERSITY. Natural Science,Humanities,Social Science,Education,Educational Practice (ISSN:18802419)
巻号頁・発行日
vol.68, pp.307-315, 2017-03-31

近年、小学校におけるプログラミング教育が注目されており、今後、授業への導入が検討される段階にある。本稿では、その参考となる実践例として、著者が小学校で実施してきたロボットプログラミングの授業を紹介した。また、そこで蓄積されたアンケート結果の分析より、プログラミング教育の教材としてロボットプログラミングが非常に優れていることを示すとともに、小学校における授業の定着化に向けた今後の課題について考察した。
著者
米川 直樹 鶴原 清志 坪田 暢允 吉村 篤司 吉里 秀雄 坂田 利弘 小山 哲 YONEKAWA Naoki TSURUHARA Kiyoshi TSUBOTA Nobumitu YOSHIMURA Atushi YOSHIZATO Hideo SAKATA Toshihiro KOYAMA Satoshi
出版者
三重大学教育学部
雑誌
三重大学教育学部研究紀要, 自然科学・人文科学・社会科学・教育科学 (ISSN:18802419)
巻号頁・発行日
vol.65, pp.315-325, 2014-03-31

本研究は、ゴルフ練習場に通うゴルフスクール生を対象にゴルフ歴、練習状況、経済面、人間関係、ゴルフの上達方法、ゴルフの効果といった側面について男女差について検討することであった。主な結果は、次のようである。ラウンドする相手やラウンドする曜日、コンペへの参加の有無、教わった相手等に男女の差が認められた。また、ゴルフの効果については余暇活動としてのゴルフが身体面、精神面への効果において女子の方が男子よりも高いといったことが特徴的であった。
著者
山根 栄次 YAMANE Eiji
出版者
三重大学教育学部
雑誌
三重大学教育学部研究紀要, 自然科学・人文科学・社会科学・教育科学 (ISSN:18802419)
巻号頁・発行日
vol.65, pp.175-192, 2014-03-31

2013年8月10日の各紙朝刊は、国の借金が本年6月末時点で、初めて1,000兆円を超えたことを報じた。1,000兆円という金額は、日本の現在のGDP(約500兆円)の2倍であり、現在の国の税収(約40兆円)の25倍にもなる。この膨大な額の国の借金を日本の現役世代や生徒を含む将来世代は返還していかなければならない。このような現状を踏まえたとき、これからの学校における税教育(財政教育を含む)は、どのように行うべきであるのかを検討し、新たな税教育理論とそのカリキュラムを開発することが本研究の目的である。これまでの中学校社会科公民的分野における税教育は、基本的・理論的には均衡財政を前提としてなされてきた。しかし、1,000兆円もの国の累積債務が存在しているこれからの学校における税教育は、その返還が余儀なくされるため、歳入(税収)を増加させるとともに歳出を抑制する黒字財政を作り出すことを基本的・理論的に前提とせざるを得なくなる。これからの財政についての教育を受ける生徒は、自分たちの前の世代の日本人・日本政府が、なぜこれほどまでの累積債務を残すことになったのかという理由を是非とも知りたいであろう。また、この膨大な累積債務の返還を前にどのような財政と税制を作り上げたら良いか考えざるを得なくなるであろう。このような生徒の欲求を満たす財政の教育の理論とカリキュラムを開発する必要がある。本研究では、その試案を提案する。なお、本研究に対しては、日本学術振興会から科学研究費補助金(挑戦的萌芽研究)が支給されている(課題番号23653291)。
著者
栗田 季佳 中野 慎也 荒川 哲郎 名畑 康之 勝谷 紀子 KURITA Tokika NAKANO Shinya ARAKAWA Tetsuro NABATA Yasuyuki KATSUYA Noriko
出版者
三重大学教育学部
雑誌
三重大学教育学部研究紀要. 自然科学・人文科学・社会科学・教育科学・教育実践 (ISSN:18802419)
巻号頁・発行日
vol.67, pp.149-160, 2016-03-22

本研究は、難聴者への否定的な態度にどのような価値観が関わっているかを探索的に調べた。研究1では、難聴の子を取り巻く周囲の子ども達が変容した学級について、担任教師へインタビューを行った。インタビューより、周囲の子ども達は、難聴の子どもに対する態度だけでなく、自閉症スペクトラム障害の子どもへの態度や、授業での様子など、学級全体の雰囲気が変わっていったことが語られた。担任教師の教育観から、子ども達の中で失敗に対する価値観に変化が生じていたことが推測された。研究2では、直接そのことを調べるため、質問紙調査によって失敗観と他者への態度に関連があるかを調べた。その際、難聴者だけでなく、健常者、吃音者も対象とした。その結果、否定的な失敗観が強い人ほど、他者との交流に対して抵抗感を感じており、その傾向は相手が健常者である場合よりも難聴者や吃音者である場合の方が強かった。これらより、難聴者を含む障害者への偏見や他者への寛容さの問題に対して、自己の価値観と向き合うことが重要であることが示唆された。
著者
松本 昭彦 MATSUMOTO Akihiko
出版者
三重大学教育学部
雑誌
三重大学教育学部研究紀要. 自然科学・人文科学・社会科学・教育科学・教育実践 (ISSN:18802419)
巻号頁・発行日
vol.67, pp.109-124, 2016-03-22

『枕草子』第九十八段「中納言まゐりたまひて」段は、有名な「海月の骨」の秀句の段であるが、従来この秀句は、隆家の「見たことないほどすばらしい扇の骨だ」との発言に対し、「見たことないなら海月の骨ですね」と清少納言がしゃれを言ったと解釈されてきた。しかし、「海月の骨」とは、長生きすれば見られるかもしれない奇蹟・幸運の意味の成句であり、この場面は、定子が皇子を懐妊もしくは生んだ直後と考えられることから、ここではその皇子の将来の即位を<予祝>する意味を込めたしゃれであると考えるべきである。またこの章段末尾の部分は、この章段の執筆によって、そのような<予祝>にも関わらず若くして亡くなってしまった定子、結局皇位には就けない皇子・敦康親王の悲運を読者に再確認させてしまうことに対する「言い訳」と考える。