18 0 0 0 OA 大日本地誌大系

著者
雄山閣編輯局 編
出版者
雄山閣
巻号頁・発行日
vol.第38巻, 1933

言及状況

外部データベース (DOI)

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弘法山を下って吾妻山へ。此所には吾妻神社跡の石碑が有ります。『風土記稿』の落幡村の条に「吾妻権現社 万福寺持」とあり、落幡神社(主祭神:大己貴命)に相殿で祀られている吾妻社(配祀神:橘姫命)がこの神社かと思われます。… https://t.co/5laAH9Yckx
昨日は秦野市の弘法山に花見に行って来ました。 『新編相模国風土記稿』の南矢名村の項には「弘法山 登十七八町、古弘法此山上にて、護摩修行せしより名づく」とあります。 https://t.co/mtFXnL7eJp https://t.co/rJJRS6Zkd6
昨日は神奈川県愛甲郡愛川町の八菅山に行って来ました。 標高225メートルの低山ですが、昔は京都聖護院直末で、本山派修験道の関東における重要拠点の一つ。この八菅山を拠点として相模大山一帯を回峰する独自の峰入りが行われていたそうです。… https://t.co/t95EuRVEbu
『新編相模国風土記稿』の七沢村https://t.co/zzxHazJl12の浅間社の項に 「又社傍より勢至の木像を得たり、其頃木食空誉弾阿、此辺山中に(字一ノ沢と云所なり)在て専ら浄業を修し、高徳の聞えあり、貞享四年当社の霊夢を… https://t.co/rAxakqMpcn
また、『新編相模国風土記稿』の閑香明神社(小野神社)の条https://t.co/1OuszGlL2rには、「村の鎮守なり、 延喜式に載し小野神社(当国十三座の一)にて祭神下春命と云、神躰木像、本地薬師(長一尺七分、行基作)を安じ… https://t.co/kyF6gcmBAa
相模大山から日向薬師に向かう途中で見つけた「(伝)大友皇子之陵」 『新編相模国風土記稿』https://t.co/8MpcupUIJTの石雲寺の項には「御所の塔と唱ふ(高五尺八寸)、来由詳ならず、手を触るれば祟ありと云、貴人の墳墓… https://t.co/FMzw58wqaK
『新編相模国風土記稿』の大山の項 https://t.co/Kcahet5ju6 によると、大山寺不動堂(現在の大山阿夫利神社下社の場所)の二王門内には八大社があり、八大金剛童子を祀っていました(八大社は現存しません)。 これが大峯八大金剛童子なら話は簡単ですが……
@mujinazaka 幡の貞治三年(1364)足利基氏寄進銘は、『新編相模国風土記稿』に拠るもののようで、近デジ(大日本地誌大系旧版)で巻51大住郡十の125・126頁http://t.co/r025vs7UEJ、http://t.co/EKqRg2Xwhw参照。
@mujinazaka 幡の貞治三年(1364)足利基氏寄進銘は、『新編相模国風土記稿』に拠るもののようで、近デジ(大日本地誌大系旧版)で巻51大住郡十の125・126頁http://t.co/r025vs7UEJ、http://t.co/EKqRg2Xwhw参照。

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編集者: タビックスJapan
2015-08-18 23:37:45 の編集で削除されたか、リンク先が変更された可能性があります。

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