言及状況

外部データベース (DOI)

Yahoo!知恵袋 (2 users, 8 posts)

既にsagarasousiさんという方が詳細な回答をなされていて、自分も近い結論に達しましたが、微力ながら元文献に当たってみました。 https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q111926561... まず辻達也編『新稿一橋徳川家記』記載の深心院の没年月日は: 「享保六年(一七二一) 十月 七日 小 ...
「幕府祚胤伝」によれば、徳川重好が「清水家」を称するようになったのは宝暦8年12月朔日です。(コマ番号169/282) http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1879210/105?tocOpened=1 「御屋舗地被進、称清水御屋形」 徳川家重の治世下での出来事でした。
お静の方(浄光院)の出自については、ふたつの説があります。 武州板橋郷竹村の大工の娘という説と、小田原北条氏の家来・神尾栄加の娘という説です。 「柳営婦女伝叢」では、以下のように書かれています。(コマ番号24/282) http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1879210/24?tocOpened=1 「台徳院殿(将軍秀忠公)の御末男保科肥後守正之卿 ...
Wikipediaでは、たしかに貞松院の生年は1591年と記されていますね。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%9E%E6%9D%BE%E9%99%A2_(%E5%B0%8... 「寛文4年(1644年)、74歳で死去し、天徳寺に葬られた。」と書いてあるので、それを逆算したものだと思われます。 ただ、「寛政重修諸家譜」の小出家の系 ...
以下の本に、徳川秀忠の系図が出ています。(コマ番号132/282) http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1879210/105?tocOpened=1 「天正十八年正月十五日、於聚楽亭秀吉公奉授其諱奉称秀忠公」 「秀」の字は豊臣秀吉から授かったものです。 「寛政重修諸家譜」を見てみると、松平家の歴代の名前は以下のように ...
松平長七郎は、村上元三が書いた小説の主人公ですね? 里見浩太朗が主演のテレビドラマも人気がありました。 「幕府祚胤伝」という江戸時代に編纂された書物には、徳川忠長の子として長七という子供がいたことになっています。(コマ番号138/282) http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1879210/105?tocOpened=1 「世俗伝 ...
史実では、正室1人、側室が4人いたことになっています。 以下の本を参照してください。(コマ番号164/282) http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1879210/7?tocOpened=1 御簾中(正室) 眞宮、理子、伏見兵部卿貞致親王姫宮 側室 深徳院殿 於須摩方 惇信公(家重)御母堂 紀藩、大久保八郎五 ...
以下の本には、この二人のことが次のように書かれています。(コマ番号15/282,18/282) http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1879210/18?viewMode= ・於茶阿の方(朝光院) 父は駿州金谷の人にて鋳物師也・・・彼寡女御寵愛に依て男子二人を産す、松千代君・辰千代君と號、双子也。 ・阿茶の局(雲光院) 甲州侍飯 ...

レファレンス協同データベース (1 libraries, 1 posts)

『日本史諸家系図人名辞典』という本にある近江滋賀県の戦国大名浅井氏の内容について、「正親町三条実雅の公綱が北近江守護京極氏につかえて浅井氏を名乗ったと言われるが信じがたい。」、さらに、「実際は古代浅井郡の郡司層の後裔が武士化し室町時代に京極氏に被官化されたとかんがえる。」とあります。 浅井氏出自について、教えてほしい。  また、浅井長政の嫡子といわれる浅井帯刀についても知りたい。

収集済み URL リスト