4 1 0 0 OA 続群書類従

著者
塙保己一 編
出版者
続群書類従完成会
巻号頁・発行日
vol.第27輯ノ下 釈家部, 1926

言及状況

外部データベース (DOI)

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@pririn_ 続群書類従巻八百一釋家部八十六 「河内國小松寺縁起 元號荒山寺」 https://t.co/OFpsHBf5Le 「師子窟縁起」 https://t.co/Uw9hnX7vYy 「中山寺縁起」 https://t.co/WwAiVkSEJo
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馬部隆弘氏は旧家が書いた中山観音寺跡という名称自体が小字名由来の創出というけれど、それは小字から創作したものであろうという推定でしかない。そもそも由緒書を疑うなら宝塚市の中山観音寺も創作話なのは明白だけど、その類の物語は偽文書とは… https://t.co/fLFs9bRFSX
中山寺縁起は琵琶湖または宇治川で亡くなった忍熊皇子の物語が根源なのに、なぜ播磨の中山なのだろう? https://t.co/WwAiVkSEJo
「久能寺縁起」https://t.co/bc4mcaNJ9y 奥書が正しければ南北朝時代成立。今まで研究対象となる部分探しでしか見てなかったので、改めて全体を読んでみたら、まさかの久能寺別当が奥州平泉に転生話まで出て来てた。
@HisadomeK 相州大山開山伝承を記した『大山寺縁起』 https://t.co/Eb5NaR5nDT によると、良弁上人が大山で修行中、大龍が現れて「我は是れ当山守護深沙振邪大王也」と名乗り、二重瀧を出現させました。深沙振邪大王は龍神(水神)と考えられていたわけです。
良弁上人による大山開山伝承を記した『相模国大山寺縁起』 https://t.co/FdyLpCqVfq には「勢多迦童子今八大社也」とあります。 勢多迦童子(制多迦童子)は不動明王の眷属ですので、やはり八大社には不動八大童子が祀られていたのだろうと思います。

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