著者
上條 明弘
出版者
首都大学東京小笠原研究委員会
雑誌
小笠原研究年報 (ISSN:03879844)
巻号頁・発行日
no.34, pp.31-58, 2011-05-31

太平洋戦争中の父島は南方戦線への物資輸送の中継点であった。1944(昭和44)年6月にアメリカ軍のサイパン攻略が始まると、硫黄島の防衛力増強が必要となった。そこで、日本軍は父島を経由して物資を硫黄島に届けるべく、船団を組織した。しかし、多くの艦船が潜水艦、艦載機により攻撃を受け、沈没・損傷した。1944年8月4日、駆逐艦「松」を旗艦とする第四八〇四船団は、アメリカ海軍任務58機動部隊の艦載機の攻撃、および任務58.1.6機動部隊の巡洋艦・駆逐艦の砲撃をうけた。この攻撃はレーダーと連携した砲撃の実験であることが示唆された。

言及状況

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@tai102yu サンタフェ、小笠原で駆逐艦松と砲撃戦をおこない、沈めた艦です。https://t.co/ZiLicm8HXs
松型一番艦の最期ってかなり壮絶でちねぇ… https://t.co/TsvqwUfq4C
という訳で、私が松についての調査を行った際に用いた論文の一つでも紹介を。都立小笠原高校教諭の上條明弘氏による硫黄島輸送作戦に関わる研論である。「硫黄島輸送作戦と父島 : 第四八〇四船団の聟島沖砲撃戦をめぐって 」 https://t.co/U0TRsA6QK5

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