著者
青野 友哉
出版者
六一書房
巻号頁・発行日
2008-10

北海道の貝塚は縄文早期から近代までつくられた。この間,貝塚がもつ文化的な意味は時代とともに変化し,その変化の仕方は地域的に異なるものであった。また,貝塚は,当時の人々の狩猟・漁撈・採集活動の結果として存在するとともに,さまざまな儀礼の結果として形成され,彼らの精神文化を表象するものとの見方もある(河野1935,宇田川1985a,1985b)。そのため,貝塚は生業研究の一部として取り上げられるだけではなく,祭祀研究としての視点でも扱われる必要があるのである。本論ではこの点をふまえ,北海道における縄文時代から近代までの生業について述べるとともに,その主体をなす貝塚について祭祀的な面でも言及し,生業形態の変化と,貝塚がもつ意味合いの変化の関連性を指摘するものである。なお,ここでいう貝塚文化とは,「貝塚が存在する文化」という消極的な意味合いではなく,「何らかの精神性を反映する貝塚がつくられた文化」として用いている。

言及状況

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縄文時代は、生活の様々な場面に信仰が垣間見える時代ですね。 だから、祭祀の道具は貝塚に限らず、様々な場所から出土します。 ちなみに貝塚そのものも祭祀との関係で説明される事もあります。 http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/48506 弥生時代になっても基本的には同様です。 しかし、数は乏しいですが、 竜が描かれた ...

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@knakatani アイヌ文化期に当てはまる出土された貝塚や土器がアイヌ(アイノ)のものとはまだ限定されていないので定説とは言い難い。 でも興味深いです。 「アイヌとは別の文化を持つ人たちが同時期に存在した」とするアイヌの証言の信憑性が高まりました。 ページ6 https://t.co/hRGAXJgtCR
@gurinhiguma @tulalalan 縄文から近代までの貝塚の変遷 https://t.co/MRvxJKwMGi
https://t.co/ZkwvqslgCF

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