著者
奥山 洋一郎
出版者
東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林
雑誌
東京大学農学部演習林報告 (ISSN:03716007)
巻号頁・発行日
vol.102, pp.151-201, 1999

大学演習林は約130,000haという広大な面積を持つが,その広大な面積の必要性や一部大学への集中に対しては,戦後の演習林水平化運動,共同研究利用林構想という演習林当局の議論や行政監察による勧告でも問題とされてきた。本研究では演習林がこのような大面積を持つに至った経緯を明らかにすることを目的として,戦前期における社会の要請と演習林の対応の経緯について検証を行った。そこから現代につながる課題を考察した。資料としては東大演習林所蔵の各種往復文書,書類綴り,予算関係書類等の資料を用いて実証的に分析した。対象時期は演習林が創設された1894(明治27)年から戦前期までであり,特に1921(大正10)年から1934(昭和9)年までに行われた国有財産整理事業による演習林縮小の議論を中心とした。1921(大正10)年に成立した「国有財産法」により,それまで各省庁が独自に管理を行っていた国有財産について初めて統一的に規定された。同法は,国有財産の内で利用が本来の目的から逸脱したり,意義を失ったものについては処分を行うとした。そして,各省庁国有財産の評価を行う国有財産調査会が設置されて,国有財産整理事業が実施された。同事業は財政一元化を目指す大蔵省と各省庁の既得権益確保のせめぎ合いであり,公用財産として陸軍省演習地に次ぐ大面積であった演習林にも,厳しい縮小要求がなされた。北海道所在国有財産を対象とした「国有財産整理案(第一次)」(1921年11月9日閣議決定)では,東大(約25,000ha),北大(約60,000ha(4カ所))の演習林を一演習林当たり1,000ha程度へと縮小するように要求された。これに対して,東大側は林学に関する教育研究には保続的林業経営が可能な面積が必要であり,東大北海道演習林は北海道内国有林の一施業区と面積がほぼ等しく縮小は不可能と主張した。同様の縮小要求は台湾,樺太演習林にもなされて,その後,国有財産調査会において演習林の帝国大学への集中,所在地域の偏りについて共同利用化の検討や,同時に演習林の名称を変更して経営面に配慮をするべきだとする意見が採択された。東大側は教育研究における演習林の重要性を主張して,演習林の集中,偏りについては学生数や全学の予算規模から考えるなら東大は他大学の2倍の面積を持つ必要があり,演習林の財産価値が高まったのは多年の投資や努力の結果であるとした。このような大学,文部省側の抵抗で演習林の縮小は進行せず,その後,戦争という時局の変化で国有財産整理事業は1936年に打ち切られて,演習林縮小や名称変更は実行されなかった。そして,戦時体制へ移行して,海外占領地への演習林拡大が行われたのである。

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