著者
上尾 真道
出版者
京都大學人文科學研究所
雑誌
人文學報 = The Zinbun Gakuhō : Journal of Humanities (ISSN:04490274)
巻号頁・発行日
vol.103, pp.73-100, 2013-03-25

本論は,20世紀の思想史および精神分析運動史の中で極めて異例の影響力を誇った,ジャック・ラカンの60年代の理論的取り組みの背景を,その起点としてのアルチュセールとの出会いから検討することを目標とする。はじめに確認できるのは,所属していた組織から63年に「破門」されたラカンと,マルクス主義哲学の革新を準備していたアルチュセールとの間には,技術的,自然発生的イデオロギーの「外部」において,自らの携わる学問を科学として救出するという課題が共有されていたことである。アルチュセールはこのとき,ラカンの精神分析を評して「精神分析は科学である」と述べることになるのだが,反対に,ラカンがそこで深めたのは,むしろ精神分析と科学のあいだに既に共有されている出発点としての主体性の問題であった。では,この基礎のもと,ラカンが立て直す実践は,どのような「理論の実践」によってイデオロギーから守られることになるだろうか。ラカンとアルチュセールの共通の学生であったジャック・アラン・ミレールによる論理学を応用した主体理論の定式化は,アルチュセールの批判が示唆するように,実践への接続が明白ではない。問題は,真なる理論の記述ではなく,実践のうちでイデオロギーと切断とを対置することである。理論の実践もまた,ひとつの作業平面の内部で排除されている極限へ向かう,切断のための緊張をたたえていなければならず,その点においてラカンとアルチュセールには改めて共通のものを見出せるであろう。ラカンは,こうした極限にある原因の位置に,真理の身分を持つ対象を位置づけ,知に関する実践が目指す地点を指し示すのである。

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