著者
山本 一生
出版者
上田女子短期大学
雑誌
紀要 (ISSN:21883114)
巻号頁・発行日
vol.41, pp.41-57, 2018-01-31

本稿は華北占領地後の北京大学において日本留学経験者が「対日協力者」として果たした役割を考察した。日本が華北を占領すると、主だった国私立大学は蒋介石政権と共に「南遷」し、国立西南連合大学などを結成した。一方で残った北京大学や清華大学などを統合して、「国立北京大学」が「対日協力政権」である中華民国臨時政府唯一の総合大学として設置されることとなった。 当初「国立北京大学」の設立に批判的であった銭稲孫は、家族問題を理由に北京に留まり、その批判対象であった機関の長という「対日協力者」となった。「国立北京大学」文学院長、華北政務委員会教育総署督辦となった周作人も家族問題などを理由に北京に留まり、結果的に「対日協力者」となった。

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アジア言語以外で書かれた「鄧以蟄」の評伝・伝記を知りたい。 日中戦争当時の立場を調べており、本人が書いた著作ではなく動向を知りたい。

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山本 一生 (2018). 「日本占領下北京大学における日本留学経験者の役割」『上田女子短期大学紀要』41, 41–57.https://t.co/RC56lVKFIn という論文に、1941年の興亜院の資料が載っています。それを見ると、いわゆる「偽国立北京大学」の教員334人中73人が日本人。

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