- 著者
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一ノ瀬 俊也
- 出版者
- 国立歴史民俗博物館
- 雑誌
- 国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
- 巻号頁・発行日
- vol.91, pp.99-117, 2001-03-30
満州事変以降の各市町村では,国防同盟会・銃後奉公会などの名称を有する銃後後援団体を設立,歓送迎や慰問などの後援活動,公葬を実施した。それは前線兵士の“労苦”,死の公的な意義づけ,顕彰であった。これを受けた兵士,遺族たちの側も「身命を君国に捧げ」る覚悟を披瀝したり,身内の死者が「護国ノ神トナツテ益々皇基ノ御隆昌ヲ護ラル」だろうなどと繰り返し声明させられたことは,彼らが公定の〈正義〉の論理に同意させられていく過程に他ならなかったのではないかと思われる。政府,軍が“郷土”の慰問・激励を奨励し続けた理由は,そこにあった。ただし,戦中戦後を通じて兵士たちの“郷土”がその“労苦”,犠牲の顕彰に努力し続けたことは,遺族たちにとって身内の死の「意義」の説明をうけることでもあった。それが彼らの一定度の謝意を獲得してもいったことは,注目されて然るべきと考える。