- 著者
-
中島 圭一
- 出版者
- 国立歴史民俗博物館
- 雑誌
- 国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
- 巻号頁・発行日
- vol.113, pp.181-192, 2004-03-01
一五二六年に石見大森銀山が発見されると、まもなく大量の日本銀が大陸に流出する。しかし、銀は京都方面には向わず、京都においては専ら金が、贈答や遠隔地間の送金に使用された。一五六三年、政治的理由から毛利氏が大森銀山を室町幕府と朝廷に寄進したのを契機として、銀が京都に流入を始めた。その後、京都においては急速に金から銀への交代が進み、七〇年代には銀が送金・贈答の主流となる。この間、六〇年代後半までに金が貨幣的機能を具えるに至っており、それを前提として、六〇年代末までに銀も舶来品取引を中心に用いられる貨幣となった。そして、七〇年代には舶来品以外にも用途を広げ、八〇年代から九〇年代にかけて銀貨の使用が完全に定着し、近世の京都が銀貨使用圏に入る基盤が調えられた。