著者
笠谷 和比古
出版者
国際日本文化研究センター
雑誌
日本研究 : 国際日本文化研究センター紀要 (ISSN:09150900)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.35-63, 1990-09-30

徳川幕府体制の下での特異な政治的問題の一つとして、「大名改易」のあったことは周知の通りである。それは軍事的敗北、血統の断絶、法律違反などの諸理由に基づいて、大名の領地を幕府が没収し、当該大名がそれまで保持してきた武家社会内での身分的地位を剥奪してしまうものであった。徳川時代にはこの大名改易が頻繁に執行され、結果的に見れば、それによって幕府の全国支配の拡大と安定化がもたらされたこと、また改易事件の幾つかは、その理由が不可解に見えるものがあり、それによって有力大名が取り潰されてもいることからして、この大名改易を幕府の政略的で権力主義的な政策として位置づけるのは定説となっている。そしてまたそのような大名改易の歴史像が、徳川幕府体制の権力構造、政治秩序一般のあり方を理解するうえでの重要な根拠をなしてきた。

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笠谷 和比古『徳川幕府の大名改易政策を巡る一考察(一)』 https://t.co/rAa7S3rSNx 改易が幕府/幕閣の計画による難癖つけた強引なものという見方はドラマチックだし、体制に対する嫌悪感を煽る娯楽でもあるので広まりやすいけど同時代資料をきちんと解釈すルトという丁寧な論考。
福島正則の改易の論文を読んだ。 https://t.co/cg6Kun7wj9 福島家大名改易は本多正純の謀略(豊臣恩顧、関ヶ原での活躍しすぎ)ではなく、城の無断居城普請で、秀忠が怒って厳罰にすべきといったところ、本多はむしろ「諸大名のうち十人ばかりは離反しちゃいますよ」となだめた
@omikun_1603 そういう方にはこの論文をおススメします。https://t.co/cjFB7Dbqt7 1990年のものです。

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