- 著者
-
北舘 佳史
- 出版者
- 中央大学人文科学研究所
- 雑誌
- 人文研紀要 (ISSN:02873877)
- 巻号頁・発行日
- vol.98, pp.185-208, 2021-09-30
シトー会の中で例外的に重要な巡礼地となったポンティニーは同会の修道院と外部世界との関係に関して興味深い事例を提供する。本稿は聖エドマンドの列聖関連史料を分析の対象としてポンティニー修道院がどのように聖人崇敬と巡礼を正当化しようとしたのか,また,どのような巡礼地のあり方を目指したのかを明らかにすることを目的にしている。主に『殉教者聖トマスの約束に関する論考』と『列聖・移葬記』の二つの史料を用いる。前者は聖トマス・ベケットの約束あるいは予言の実現として修道院による聖遺物の所有を主張し,巡礼がもたらす富を正当化している。後者で詳述される聖人の墓の装飾をめぐる論争ではクレルヴォーのベルナールとマラキの墓とトマス・ベケットの墓がモデルとして争われ,巡礼地としてのあり方の対立で共同体は分断の危機に瀕した。この一見些細な事柄をめぐる論争はこの時期の修道院のアイデンティティの動揺と再編の過程を映し出している。