著者
北舘 佳史
出版者
中央大学人文科学研究所
雑誌
人文研紀要 (ISSN:02873877)
巻号頁・発行日
vol.101, pp.1-28, 2022-09-30

フォンテーヌ・レ・ブランシュ修道院は隠修士の共同体に起源を持ち,サヴィニー会,シトー会と帰属の変更を経験した。本稿は1200年頃に院長ペレグランが書いた修道院の歴史を分析対象として,そこでどのように共同体の制度化を正当化しているのか,また,どのように院長の統治を評価し,修道院の財産を保護しようとしているのかを検討する。この史料の叙述編の検討から,隠修士の時代の理想化はあまり見られず,遺産として東方からの聖遺物が重視される一方,制度化が正当な手続きでなされたことを強調する点が指摘できる。次に院長の事績の検討から,財産を増やす能力や地域の人間関係を維持する能力が重視され,院長ロベールの選挙の正当性が暗に主張される点が注目される。最後に文書編の検討から,教皇文書によって修道院の制度的な帰属や地位が表現され,歴史的・象徴的に特別に重要とみなされた証書が選択的に採り上げられている点が指摘できる。このようにペレグランの歴史叙述からは共同体のアイデンティティと財産の分かちがたい結びつきが看て取れる。
著者
北舘 佳史
出版者
中央大学人文科学研究所
雑誌
人文研紀要 (ISSN:02873877)
巻号頁・発行日
vol.96, pp.1-27, 2020-09-30

本稿は『レラスのポンスの回心に関する論考とシルヴァネス修道院の始まりの真の物語』を分析の対象として共同体が起源をどのように記憶したのか,それが作成された状況においてどのような意味を持っていたのかを明らかにすることを目的とする。シルヴァネス修道院の第4 代院長ポンスは1160・70年代に内外の動揺を抑えて修道院の規律を立て直す改革の一環として創建者と共同体の歴史の編纂事業を行った。この史料の検討から重要な特徴として,現在と過去を統合するためにシトー会と共通する荒れ野や清貧や労働の主題が強調される一方,隠修士時代からの共同体の慈善の伝統の連続性とシトー会への加入手続きの正当性が主張されている点が挙げられる。また,初期の施しによる経済からシトー会時代の蓄積と生産の経済への移行が描かれるとともに,手の労働や執り成しの祈り,さらには緊急時の食料支援の物語を通じて修道院の富が正当化されている点が注目される。
著者
北舘 佳史
出版者
中央大学文学部
雑誌
文学部紀要 史学 (ISSN:05296803)
巻号頁・発行日
vol.67, pp.113-137, 2022-03-10
著者
北舘 佳史
出版者
中央大学人文科学研究所
雑誌
人文研紀要 (ISSN:02873877)
巻号頁・発行日
vol.98, pp.185-208, 2021-09-30

シトー会の中で例外的に重要な巡礼地となったポンティニーは同会の修道院と外部世界との関係に関して興味深い事例を提供する。本稿は聖エドマンドの列聖関連史料を分析の対象としてポンティニー修道院がどのように聖人崇敬と巡礼を正当化しようとしたのか,また,どのような巡礼地のあり方を目指したのかを明らかにすることを目的にしている。主に『殉教者聖トマスの約束に関する論考』と『列聖・移葬記』の二つの史料を用いる。前者は聖トマス・ベケットの約束あるいは予言の実現として修道院による聖遺物の所有を主張し,巡礼がもたらす富を正当化している。後者で詳述される聖人の墓の装飾をめぐる論争ではクレルヴォーのベルナールとマラキの墓とトマス・ベケットの墓がモデルとして争われ,巡礼地としてのあり方の対立で共同体は分断の危機に瀕した。この一見些細な事柄をめぐる論争はこの時期の修道院のアイデンティティの動揺と再編の過程を映し出している。
著者
北舘 佳史
出版者
中央大学人文科学研究所
雑誌
人文研紀要 (ISSN:02873877)
巻号頁・発行日
no.89, pp.333-358, 2018

本稿ではカンタベリ大司教アビンドンの聖エドマンドの奇跡関連史料を分析の対象として13世紀半ばの奇跡の記録の実践のあり方を明らかにすることを目的としている。13世紀には教皇の列聖手続きの発展とともに審問記録という新しい史料類型が登場し,一方で教会や修道院が作成する伝統的な奇跡集は衰退していくと見なされている。ところで聖エドマンドの奇跡に関しては列聖調査委員会が作成した審問調書と聖遺物を所有するポンティニー修道院の作成した奇跡集の両者が存在している。これらの史料を形式面と内容面で比較検討して史料の性格を明らかにし,さらに修道院による奇跡話の収集と立証のあり方を検討して奇跡を記録することの意味について考察する。そこには聖性の承認に関する教皇側の論理と地域社会の側の論理が表れており,13世紀半ばにおいても聖性の評判について共同的に合意を形成する上で奇跡集の役割が残されていたことが結論付けられる。
著者
北舘 佳史
出版者
中央大学人文科学研究所
雑誌
人文研紀要 (ISSN:02873877)
巻号頁・発行日
vol.92, pp.343-368, 2019-09-30

本稿では13世紀末にシトー会レ・シャトリエ修道院で作成された『サルの聖ジェロー伝』を分析の対象として共同体が創建者をどのように記憶し,その記憶がどのような機能を担ったのかを検討する。院長トマは聖ジェロー崇敬を振興する事業を行ったが,その一環として聖人伝は作成された。伝記では改革者・創建者としてのジェローと地域の治癒者・聖域の保護者としてのジェローという二つの像が描かれ,聖人の墓を守る共同体・巡礼を集める聖域として修道院は再定義された。また,ジェロー派の過去とシトー会修道院の現代をつなぎ,共同体の同一性を保証する役割が聖人の身体に与えられた。ロベール・ダルブリッセルやクレルヴォーのベルナールといった普遍的な人物も修道院の在地的な記憶に歪曲されて取り込まれた。このように修道院のアイデンティティの再編の契機となった聖ジェロー崇敬はシトー会修道院と地域社会の霊的関係という点で先駆的な試みと捉えられる。
著者
北舘 佳史
出版者
中央大学人文科学研究所
雑誌
人文研紀要 (ISSN:02873877)
巻号頁・発行日
no.96, pp.1-27, 2020

本稿は『レラスのポンスの回心に関する論考とシルヴァネス修道院の始まりの真の物語』を分析の対象として共同体が起源をどのように記憶したのか,それが作成された状況においてどのような意味を持っていたのかを明らかにすることを目的とする。シルヴァネス修道院の第4 代院長ポンスは1160・70年代に内外の動揺を抑えて修道院の規律を立て直す改革の一環として創建者と共同体の歴史の編纂事業を行った。この史料の検討から重要な特徴として,現在と過去を統合するためにシトー会と共通する荒れ野や清貧や労働の主題が強調される一方,隠修士時代からの共同体の慈善の伝統の連続性とシトー会への加入手続きの正当性が主張されている点が挙げられる。また,初期の施しによる経済からシトー会時代の蓄積と生産の経済への移行が描かれるとともに,手の労働や執り成しの祈り,さらには緊急時の食料支援の物語を通じて修道院の富が正当化されている点が注目される。