- 著者
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新田 孝行
- 出版者
- 中央大学人文科学研究所
- 雑誌
- 人文研紀要 (ISSN:02873877)
- 巻号頁・発行日
- vol.98, pp.241-265, 2021-09-30
フランスの映画監督・批評家のジャン=クロード・ビエット(1942〜2003)はクラシック音楽の愛好家でもあり,演出家を指揮者,俳優を声という楽器の演奏者と考えていた。長編デビュー作『物質の演劇』(1977)はこの理念の実践である。主人公の2 人の男女はオーケストラの元団員として設定されており,人物としての性格と演じる俳優の演技は,それぞれが演奏を共にした指揮者の音楽的個性を反映する。一方,本作を特徴づける,同じ単語やフレーズが異なって解釈される言葉遊びは,同じ楽譜から様々な演奏解釈が生まれる西洋古典音楽の実践に類比的であり,言葉の演奏と呼ぶことができる。過去に作曲された作品を解釈する演奏という実践は,物語世界に先行する時間をいかに表現するかというビエットの問題意識に解答を与えた。聞き間違いによって同一性から差異が生まれるプロセスを記録するビエットの方法は脱構築的であり,似てはいるが本来異なるものをモンタージュによって同じものに見せてしまうゴダールの方法と,目的は共通するかもしれないが,対比的である。