著者
脇田 裕久
出版者
三重大学教育学部
雑誌
三重大学教育学部研究紀要 自然科学 (ISSN:03899225)
巻号頁・発行日
no.36, pp.p149-157, 1985

本実験は、被検者に剣道の中段の構えにおける竹刀保持を橈側手根屈筋群による条件(母指条件)と尺側手根屈筋群による条件(子指条件)の2条件を指示し、光刺激に対してできるだけ素早く一歩踏み込んで打込台を打撃させ、竹刀の保持方法の違いによる打撃動作の影響を比較・検討した。筋電図は、上腕二頭筋、上腕三頭筋、橈側手根屈筋、尺側手根屈筋を被検筋として、表面双極導出法を用いて記録し、動作開始時間、振り上げ時間、振り下し時間を計測した。また、打込台には荷重計を設置し、打撃圧の鉛直分力を検出するとともに、被検者の右方から16mm映画撮影法を用いて、動作分析を行った。本実験結果は、次のようである。 1)経験者群における動作開始時間は、母指条件で503ms、小指条件で481ms、振り上げ時間は、それぞれ240msと235ms、振り下し時間は212msと205msであり、母指条件に比較して小指条件の振り下し時間は有意に短縮した値を示した(P<0.05)。未経験者群の値は、それぞれ256msと267ms、301msと354ms、267msと236msであり、振り上げ時間は、母指条件より小指条件が有意に遅延した値を示した(P<0.05)。 2)経験者群における竹刀の打撃速度は、母指条件で16.7m/s、小指条件で16.5m/s、打撃力はそれぞれ36.8kgと38.4kgであり、未経験者群の値は、それぞれ18.7m/sと18.9m/s、63.3kgと58.3kgであり、各群の両条件間にはいずれも有意な差が認められなかった。 3)経験者群の各局面における関節角度は、母指条件に比較して小指条件が、中段の構えで肩関節の屈曲が有意に小さく(P<0.01)、肘関節の屈曲と手関節の内転が有意に大きく(各P<0.01)、竹刀最高位で肩関節の屈曲が有意に小さく(P<0.01)、打撃時で手関節の内転が有意に大きかった(P<0.01)。未経験者の中段の構えと竹刀最高位における関節角度には、両条件間に有意な差は認められなかったが、打撃時では母指条件に比較して小指条件が肩関節の屈曲が有意に大きく(P<0.01)、肘関節の屈曲が有意に小さかった(P<0.05)。 4)経験者群の振り上げ動作における関節角度変化は、母指条件に比較して小指条件では肘・手関節の角度変化が有意に小さく(各P<0.01)、振り下し動作では肩、手関節の角度変化が有意に大きかった(各P<0.01、P<0.05)。未経験者群の振り上げ動作については、母指条件に比較して小指条件では肘関節の角度変化が有意に小さく(P<0.05)、振り下し動作には両条件間に有意な差が認められなかった。 これらの結果は、打撃動作の未熟な未経験者群では、竹刀保持方法の違いにともなう打撃動作への顕著な影響が観察されなかったが、経験者群では、尺側手根屈筋群で竹刀を保持することが、橈側手根屈筋群での竹刀保持に比較して、振り上げ動作を小さくしてその時間を短縮し、大きな振り下し動作を短時間で遂行することによって、竹刀の打撃速度および打撃力の増大に貢献していることを示唆するものである。