著者
前田 拓人
雑誌
日本地震学会2019年度秋季大会
巻号頁・発行日
2019-08-15

WINファイルは卜部・他(1990)により開発された地震波検測システム(WINシステム)の地震波形ファイルである.防災科学技術研究所よって制定されたWIN32を含めたWIN/WIN32(以下まとめてWINと略す)ファイル形式は,現代の日本国内における連続地震波形流通おける事実上の標準である.WINはデータ容量の小ささやデータの結合性など優れた点を持つが,その反面ファイル形式はやや難解であり,WINシステムで地震波形を使う場合以外には,他フォーマットへの波形記録変換ツールを介するのが常であった.しかし,観測網が稠密化したいま,大容量・連続地震波形記録の解析においては,この波形フォーマットの変換がデータ解析における最大のボトルネックであり,その傾向は今後ますます顕著になっていくと予想される.そこで本研究では,これまでよりもはるかに高速にWINファイルの読み出しができるライブラリを作成した.本ライブラリは,Fortran2008言語のモジュールとして作成した.FORTRANは古典的な言語ではあるが,Fortran2003/2008といった最近の規格では,動的なメモリ確保やオブジェクト指向といった現代的な機能が含まれている.特に,Fortran2008で規格が制定され,最近になって多くのコンパイラで実装された非同期入出力は,WINファイルのような複雑かつ多数のファイルの入力にきわめて有効である.本研究で開発したライブラリでは,他形式へのファイルの変換・保存や,複数のWINファイルの結合などの処理を一切必要とせず,時間的に連続した複数のWINファイルから目的のチャネルの記録をFortranの配列として直接取得できる.中間処理が不要になったことで,処理の単純化のみならず高速化に対して劇的な効果が見込まれる.さらに,本ライブラリはWIN形式とWIN32形式の両方に対応し,ファイル形式の簡易自動判定機能も備えている.また,開発したライブラリでは,WINファイルのファイル内容をそのままメモリイメージとして読み込むロード部分と,メモリ上に格納されたWINファイルから必要なデータを抽出するデコード部分を分離実装した.これらとFortran2008の非同期入出力機能を用いて,あるファイル内容のデコード中に次のファイルをメモリに読み込む並列動作を実現した.このことにより,ロードとデコードのうち片方の処理時間を隠蔽することができ,多数のファイルを読み込む場合に高速化が期待される.このような隠蔽処理は並列数値計算においてCPUやGPU間の通信時間の隠蔽にしばしば用いられてきたが,本報告ではこれをファイル入力に対して活用した.開発したライブラリの性能を評価するため,WIN32波形を読み込むdewin_32プログラムを比較対象とした実験を行った.防災科学技術研究所Hi-net により収録された任意の日付時刻の連続速度波形ファイル1時間分を対象とし,そこに含まれる全てのチャネルを読み出す.WIN32ファイルはLAN上のNASに格納されているものとする.dewin_32と同等の機能を持つツールを今回開発したライブラリに基づいて作成し,読み込み速度を比較した.実験の結果,dewin_32で1時間分のファイルの全チャネルの読み込みと出力に最大621秒かかったところ,本ツールでは,非同期入力なしで267秒,非同期入力ありで236秒で読み込めた.また,Fortran言語上で利用する場合は,そもそも読み込んだデータを一旦ファイルに保存する必要がない.そこでデータの出力に掛かる時間を無視すると,読み込み時間は非同期入力なしで38秒,ありで21秒まで短縮された.実際の解析でHi-net全チャネル1時間分データが利用可能になるまでの時間は,本研究で開発したツールではdewin_32と比べて最大約20倍短縮されたことになる.読み込みのみに限定すると,非同期入力の導入によって性能がおおむね倍になった.比較に用いたWIN32ファイルの1時間分の総容量は約1GBであり,この結果はデータ通信速度に換算すると約400Mbpsに相当する.これは実験環境におけるLAN(1Gbps)の通信の実効速度の上限に近い.すなわち,ネットワークファイルシステムに連続記録が配置されている環境においては,もはやこれ以上の劇的な速度向上は望めない.本研究で開発したライブラリは,周辺ツールや利用マニュアル等を整備の上,オープンソースとして公開する予定である.講演ではアルゴリズムの詳細の説明,高速データ読み込みとその利用の実演,およびコードの公開を行う.謝辞 本研究では防災科学技術研究所により登録ユーザーに対して配布されているwin32toolsを利用しました.記して謝意を表します.
著者
蓬田 清
雑誌
日本地震学会2019年度秋季大会
巻号頁・発行日
2019-08-15

高周波の地震波動場の表現には、漸近波線理論(asymptotic ray theory, ART)が古くから知られており、波長が不均質性のサイズより小さいなどの条件下で、複雑な媒質に広く応用されてきた(e.g., Cerveny, 2001)。近年は差分法など純数値的手法の適用範囲がますます拡がりつつあるものの、高周波領域での観測結果の解釈やモデル化におけるARTの重要性はむしろ高まっている。(地震波はベクトル場として性質も重要であるが、ここでは速度cに対する(1)式のスカラー波しか扱わない。ただし、本研究の主要な結果はそのまま適用できる。)従来のARTでは周波数omegaにおいて、走時tauによる位相遅れと振幅のべき乗展開の(2)式の解を仮定した。高周波近似の解としてomegaを大きくし、べき乗の上位項だけを考える。こうして、位相部分の波線追跡と走時のeikonal equationと、振幅を決定するtransport equationが得られる。 従来のARTが適用できない特異領域(例:焦点や影の部分、edge diffraction)ではomegaの整数のべき乗ではなく、解析解が得られる場合にはomega-2/3などであることがわかっている(例:Table 0.3のcanonical signals, Chapman, 2004)。そこで、本研究では(2)式のようなべき乗展開をあらわに用いない解を考える。(1)式は偏微分方程式なので、その一般的解法の一つである変数分離だけを用い、またその際に現れる未定定数に特別な制約を与えない。 まず解の形式として、(3)式のように変数分離する。未定定数lambdaを介して、tauとxについての(4)式の二つが得られる。従来のARTではlambda=-omega2で(2)式のフーリエ変換に対応するが、ここでは正負を限定せず、さらに複素数として扱う。一般解はlambdaごとの解の重ね合わせの(5)式となり、ARTではフーリエ逆変換による時間領域の解の表現に対応する。次に、従来のARTの(2)式の一般化として高周波数領域では激しく振動する部分のみ分離した、(6)式を空間変動として仮定する。Aは振幅、tauは走時に対応する関数となる。これを(4)の2番目の式に代入すると、実部と虚部から(7)と(8)の2つの式が得られる。ここで強調すべきは、この操作ではARTのようにomegaの大きな項を拾っていく(高周波極限)従来の近似操作は含まれていない点である。(7)式は右辺の第2項を除けば、ARTのeikonal equationと、(8)式はtransport equationと同一となっている。(7)式第2項は振幅Aの空間2階微分とnu-2(ARTではomega-2)により、高周波極限で振幅が大きく空間変動する特異領域以外では無視でき、ARTと一致する、すなわち、(7), (8)式はARTの一般化であることがわかる。 しかし、これでは走時tauと振幅Aがカップルした形式で、不都合である。そこで、空間座標を波線の接線成分の走時tauとそれに直交するray-centered座標(q1, q2)を導入し(Cerveny, 2001)、(9)式のような変数分離として、(7), (8)式に代入すると、新たな未定定数muを用いて、(10), (11)式が得られる。(10)式より、新しいeikonal equationは(12)式のようになる。ここで、Dとhは(13)式に従う。先のeikonal eq.の(7)式と比べて、新たな(12)式では振幅によって変動する項Dが、走時tauとその微分のみで表現される。つまり走時のみの完全に分離した定式化である点が重要である。(10)式は従来のtransport eq.と同じく、(14)式のように波線の幾何学的拡がりJで振幅が計算できる。従来のARTではomegaが無限大の近似として特異領域でJがゼロの困難があったが(hはtauのラプラシアンに比例し発散する)、ここではその制約を課さないためhは有限となり、この困難が回避される。この形式では有限な周波数に当たる未定定数を選択することで、特異領域で特徴的な周波数依存性も表現できる。