著者
梶原 洋
出版者
東北福祉大学
雑誌
東北福祉大学芹沢[ケイ]介美術工芸館年報
巻号頁・発行日
vol.1, pp.57-80, 2009

小札は、アッシリアに始まり、内陸アジアを通して東西に広がった。本論では、ユーラシアに分布する小札について、アルファベットや記号、数字を用いて簡単に小札の縅孔、綴孔などの配置を表現し、それに基づいてA-Hの形式分類と細分を行った。小札鎧は、ユーラシア全体の分布をみると、内陸アジアを中心に西はヨーロッパから東は日本まで分布している(表1)。編年的には、5-6世紀を中心に古くは紀元前から新しくは19世紀まで用いられたことが分かる。(表2)。日本列島における小札鎧もユーラシアに広範に分布する小札鎧文化伝統の最東端に位置するものである。鎧文化における大陸との関係は、古代ばかりでなく中世もしくは近代にまで続き、大鎧の成立や北海道、樺太のアイヌ民族の鎧の存在にも大きな影響を与えたことが考えられる。
著者
福地 佳代子 濱田 淑子
出版者
東北福祉大学
雑誌
東北福祉大学芹沢[ケイ]介美術工芸館年報
巻号頁・発行日
vol.3, pp.67-84, 2011

昭和35(1960)年6月22日〜12月12日にかけて朝日新聞に連載された佐藤春夫の小説「極楽から来た」で、芹沢[ケイ]介は挿絵を型絵染の技法で表現するという初の試みに挑戦した。新聞連載「極楽から来た」は好評を博し、翌年2月に単行本が刊行、7月には挿絵のみを独立させた芹沢[ケイ]介作「極楽から来た挿絵集」が頒布されたが、その都度一部の挿絵には改変が加えられた。「極楽から来た」の制作において、芹沢と佐藤との間をとりもった明石・無量光寺の住職小川龍彦師は、連載の開始前から終了後まで、約130通の書簡を芹沢に送っており、その中には佐藤春夫の意向を受けた改変依頼をはじめ、図様の誤りや出版社による掲載順の間違いなど、重要な指摘がある。小川師書簡の精査を通して、「極楽から来た」制作のいきさつと、芹沢の試行の跡をたどる。
著者
濱田 淑子 本田 秋子
出版者
東北福祉大学
雑誌
東北福祉大学芹沢[ケイ]介美術工芸館年報
巻号頁・発行日
vol.4, pp.[59]-[59], 2012

人間の形をしたジャイナ教の宇宙像をローカ・プルシャと呼ぶ。考えうる限りの全世界と全時間を含み、世界の霊魂は上方世界、中央世界、下方世界の三界に住み分け、輪廻していると考える。最上位にあるのが完成者で上方世界は天上界である。下方には地獄界がある。中央には人間が住む円盤状の地上界がある。取り上げた資料はインド・ラジャスタン州かグジャラート付近で、17 世紀に制作されたものと考えられ、木綿地に顔料で描かれた掛け絵である。しかも、他に比べて大きく絵画的であり、サンスクリット語の詳細な説明書きが付されていて、きわめて貴重で、興味深い資料といえる。