著者
藤原 隆男
出版者
岩手大学人文社会科学部
雑誌
歴史と文化
巻号頁・発行日
pp.67-82, 1981-02-20

日清「戦後経営」の諸政策を支えた租税政策の意義については日清「戦後経営」論とし多くの研究が蓄積されてきている。とくに、日清戦後の財政問題を階級対抗の焦点とみなす観点から、地組や国税営業税の意義が解明されてきたが、酒造税を中心とした関接消費税の増税の問題について、石井寛治は最近の研究で「全体として階級対立に深刻な影響を与えたものとして、酒税に代表される関接消費税が相次ぐ増税の結果、租税体系において決定的な重みを持つに至った事実を重視」する見解を出された。たしかに、酒造税の増税にともなう自家用料酒の製造禁止や葉煙草専売は農民経済を圧迫し、葉煙草耕作農民の自給経済の解体に拍車をかけたのである。しかしながら、酒造税を中心とした関接消費税の増徴を可能とした理由は、地租増徴や営業税の国税編入反対運動にみられたのとは異なって、「反対運動が起りにくいという事情に基づいていたといえよう」という評価は少なくとも酒造税に関してみるかぎりでは一面的であるといわねばならない。
著者
渡辺 洋 WATANABE Hiroshi
出版者
岩手大学人文社会科学部
雑誌
歴史と文化
巻号頁・発行日
pp.191-204, 1981-02-20

行動主義の文学といえば、日本では昭和九年から十年にかけての一時期、衆目を集めながら短命に終った一種の文学運動として理解されている。実際、「行動主義文学」は華々しい論争を展開したわりに実体に乏しく、とりわけ実作化の面で見るべき作品が少なかったことは事実である。しかし、短期間であったとはいえ当時の文学界に投じた波紋は大きく、その主張、理論、活動を無視することもできない。元来「行動主義」は「大戦後佛蘭西の思想、文学の主流をなしていた懐疑・不安・否定の傾向に反発して抬頭したものである」という。戦争という悲劇がヨーロッパ全土を非人間的世界の集合体に一変させ、社会に対する、否、人間存在に対する不安を人々の心に植えつけたことはたしかである。そしてこの暗い影は文学の世界にも当然波及していった。名目だけの戦勝国フランスではその傾向が一層顕著であった。フランスは戦後、経済の面で驚異的な繁栄を謡歌したが、それは束の間の出来事にすぎず、文学の世界はぬぐいきれぬ不安と絶望の雲に厚く覆われていた。こうした社会環境を背景に生まれたのが「行動主義文学」であるといわれている。さらに厳密にいえば、一九二七年ラモン・フェルナンデスによって提唱された「行動的ヒューマニズム」(Humanisme de l'action)に端を発したもので、必らずしも体系的にまとまった文学理論、あるいは運動ではなかった。換言するなら、当時フランスで発表された文学作品に共通して認められた思想、様式、文体などの総称であり、従来のダダイズムや超現実主義の絶望的、懐疑的傾向を否定し、意識的に不安や絶望の克服を目標に掲げた積極的なひとつの姿勢であるといえる。つまり、人間の価値の権威と実存を回復しようとする人間性把趣に関する新しい試みであった。フェルナンデスは、「個的人間をその全体性と独自の現実の上に見るためにはただ行動的角度においてのみ可能である」と主張した。これは時期的にいって絶好の提言であった。実際、フランス文学史上に、今日なおその名をとどめている多くの著名な作家たちによってこの主張は支持されたのである。これをいわゆる「行動主義」として日本に紹介したのが、長年フランスに滞在し昭和六年、帰国した小松清であった。ちょうど文学者の「能動精神」が盛んに叫ばれ出した時でもあり、「行動主義」は日本の文学界に少なからぬ反響を巻き起した。しかし、それほどまでに騒がれ論議されながら、なぜ日本において「行動主義」が短命で終り、実作化に成功しなかったのか。この小論では行動主義の文学といわれている実際の作品を通してその点について考察し、同時にフランスと日本の「行動主義」の文学を比較検討してみたい。
著者
小池 勝也
出版者
栃木県歴史文化研究会 ; 1992-
雑誌
歴史と文化 (ISSN:09186123)
巻号頁・発行日
no.23, pp.48-62, 2014
著者
金田 諦元 KANEDA Taigen
出版者
岩手大学人文社会科学部
雑誌
歴史と文化
巻号頁・発行日
pp.205-221, 1981-02-20

一九八〇年七月から二ケ月間、文部省短期在外研究員として西ドイツのミュンへン大学で研究資料調査に従事していたとき、たまたまドイツ語圏(西ドイツ、オーストリア、スイス)大学の全講義録が目にとまった。日本を離れてドイツという他国に身を置き、日本という国が今までにないはど強く意識されていたとき、ドイツ語圏の日本学教育の現状に強い関心が芽生えたのは、筆者が多年日本のドイツ語教育に携った一人であったからであろうか。ドイツの日本学研究者は日本学関係の新刊行物には絶えず注目し、講義の中でもそれに言及する時間を設定している。これは当然のことゝしても、われわれドイツ文学関係の翻訳の仕事に対しても注意しているほどであるから、日本人のわれわれ、特にドイツ語を理解するドイツ学関係者の誰かが、ドイツ語圏の日本学教育の現状に興味をおぼえても奇異なことではない。以下に記すものは一九七九年冬学期から一九八〇年夏学期に至る日本学教育の現状である。その前にドイツの日本学の学会についてのべる。