著者
松宮美奈 向山ゆう子 小林寿絵 中村大輔 髙木寛奈 上杉上 水落和也
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
第49回日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
2014-04-29

【はじめに】線維筋痛症は原因不明の全身疼痛が主症状で,うつ病など精神神経症状・過敏性腸症候群など自律神経症状を随伴する疾患である。2013年の線維筋痛症診療ガイドラインによれば,有病率は人口の1.7%(日本推計200万人)であり,80%が女性で40~50代に多く,10歳前後に多い若年性線維筋痛症(Juvenile Fibromyalgia:JFM)は4.8%のみである。発症要因として外因性と内因性のエピソードがあり,治療はプレガパリンを中心とする疼痛制御分子の標的療法が中心で,運動療法は,成人例に対して長期間に渡り有酸素運動を行い疼痛が軽減した報告がある(エビデンスIIa)が,JFMでは,いまだ確立した治療法がない。JFMでは患児と母親の相互依存性や,まじめ・完璧主義・潔癖主義・柔軟性欠如などコミュニケーション障害を伴う性格特性が特徴であるとも言われており,当院では,小児リウマチセンターにおいてJFMの集学的治療を実践している。その内容は,生活環境からの一時的な隔離を意図した短期入院による母子分離,臨床心理士による心理評価と小児精神科によるカウンセリング,ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液(ノイロトロピン®)点滴静注を中心とした薬物療法,そしてリハビリテーション治療である。【目的】本研究の目的は,JFMに対する理学療法(PT)の実施状況と集学的治療による効果を明らかにし,JFMに対するPTの課題を明確にすることにある。【対象と方法】2007年4月から2012年12月までにJFMと診断され当院小児科に入院し,PTを行った症例を対象とし,患者属性,発症要因,入院期間,PT実施期間,PT内容,PT開始時及び退院時の運動機能と移動能力を診療録より抽出し後方視的に調査した。【倫理的配慮,説明と同意】当院では入院時に臨床研究と発表に対する同意を文書で得ている。【結果】調査期間に小児科に入院したJFM症例は33名であった。33名のうち6名は調査期間内に複数回の入院があり,これを別の入院例とみなして,対象を42例としたが,診療記録不十分のため調査項目の確認ができなかった3症例を除外し,39症例(30名)を対象とした。平均年齢は12.2歳(7~16歳),平均発症年齢12.1歳(7~15),性別は男児7例,女児32例であった。入院期間は中央値17日(7~164日),PT期間は中央値12日(1~149)だった。発症の誘因としては,内因性誘因では家族関係のストレス27例,学校関係のストレス22例であり,外因性誘因と内因性誘因の重複が11例にみられた。主症状は筋・関節痛39例,左上肢の慢性疼痛1例であり,ほぼ全例に睡眠障害や冷感,起立性調整障害など自律神経系合併症状を認めた。PT内容は,独歩可能な症例には歩行練習(屋外歩行やトレッドミル,水中歩行),自転車エルゴメーターなどを実施し,歩行困難な症例には下肢自動運動や座位・立位練習,車いす自走や歩行補助具を使用した段階的歩行練習を行っていた。また,キャッチボールやサッカーなどレクリエーショナルアクティビティも随時行われていた。PT中は疼痛が増強しない範囲で負荷を設定し,疼痛を意識させずに運動できるよう配慮し,受け入れのよい課題を選択し,目標を本人と相談しながら実施するなどの配慮がうかがえた。PT実施率は高く,疼痛や体調不良でPTを欠席したものは1症例,1日のみであった。入院中の疼痛の変化は改善28例,変化なし5例,悪化6例であり,移動能力は入院時に歩行(跛行なし)20例,歩行(跛行あり)9例,車いす移動10例が,退院時は歩行(跛行なし)28例,歩行(跛行あり)6例,車いす移動5例であった。【考察】成人の線維筋痛症では手術や感染などの外因が誘因となることがあるが,今回調査した小児では全例が内因性誘因を有していた。PTの介入は母子分離環境による心理社会的効果と薬物療法による疼痛軽減に合わせて,できる範囲の運動を導入することで,気晴らし的効果と身体機能維持改善の効果が期待できると思われた。PTの効果のメカニズムとして,JFMではセロトニン欠乏が睡眠障害や疼痛を引き起こすという知見が最近得られており,歩行などのリズム活動がセロトニン神経を賦活化し疼痛の悪循環を断ち切る可能性もある。疼痛で活動性が低下し,休学を余儀なくされている症例も多く,生活機能障害に対するPTの予防的・回復的・代償的な関わりはJFMの集学的治療に重要な役割を果たすと思われる。【理学療法学研究としての意義】線維筋痛症に対する運動療法の効果は成人では文献が散見されるが,小児では少ない。今回の調査は,JFMに対して症状の改善に運動療法が寄与した可能性を示唆している。
著者
鷹澤翔 松本大士 吉沢剛 横田裕丈 岩田泰典 嘉陽拓
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
第49回日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
2014-04-29

【目的】加齢での筋力低下や座位姿勢での作業による体幹の不良姿勢として頭部前方突出位(以下,前突位)が見られる。また,臨床において前突位が上肢機能不全を引き起こしている症例をよく見かけ,前突位を修正する事により上肢挙上角度が増大することをしばしば経験する。先行研究では,前突位による上肢挙上動作での肩甲骨の動きや肩甲骨周囲筋群の活動を中心とした様々な研究は行われている。しかし,前突位と肩関節挙上角度に関して報告している研究は少ない。そこで今回は,頭部位置の違いが肩関節屈曲角度に及ぼす影響を解明することを目的とした。【方法】対象は整形外科的疾患のない健常成人男性10名(平均年齢27.2±4.0歳,身長175±5.9cm,体重65.5±9.9kg,BMI21.4±3.2)の両上肢で測定を行った。測定はベッド上座位(股関節,膝関節屈曲90°)で,足部の位置は肩幅とした。中間位は矢状面上で坐骨結節と肩峰を床面に垂直な直線で結び,この直線の延長線上に耳垂中心がある位置と設定した。前突位は,C7を触知し位置変化がないところまで前方突出してもらい,これを個人の前方突出位と設定した。左右肩関節自然屈曲を3回ずつ測定した。測定は最初に中間位での肩関節屈曲角度を測定し,その後前突位での角度を測定した。なお各測定は疲労の影響を避けるため,各測定時間には十分な休憩をとった。測定は,肩関節屈曲とし,日本整形外科学会・日本リハビリテーション医学会が制定する関節可動域検査法で行った。角度計は検者が神中式角度計を使用した。統計処理は,各肢位での最大屈曲角度での2変数の差をt-検定を用いて検定した。すべての統計解析はStatcel3を用い,有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮】ヘルシンキ宣言に基づき対象者に対し研究の趣旨と内容,得られたデータは研究以外で使用しないこと,および個人情報漏洩に注意することについて十分な説明のうえ同意を得て研究を行った。【結果】頭部両肢位での上肢屈曲角度は,中間位で右150°±11°,左148°±11°,突出位で右138°±11°,左134°±13°であった。中間位と前突位での上肢屈曲角度は有意な差が認められた。突出位で有意に上肢屈曲角度は低下した。(p<0.05)【考察】本研究により,頭部前方突出の増加に伴い肩関節屈曲角度が低下するということが明らかになった。この結果について,野田らの報告では前突位と中間位を比較すると,前突位で肩甲骨は下方回旋を呈したとされており,肩甲骨の可動性が低下したためと考えられる。正常な肩関節屈曲での肩甲骨の動きは,上方回旋・後傾・内転が生じるとされている。また,前突位では頸椎から肩甲骨へ付着している僧帽筋上部線維と肩甲挙筋が伸張され,肩甲骨下方回旋・前傾が起きたのではないかと考える。野田らの報告と前述した筋が伸張されることを踏まえると,肩甲骨上方回旋・後傾が制限され,関節窩上方変位が阻害されたと考える。よって,正常な肩甲上腕リズムが破綻したことにより肩関節屈曲角度の制限に至ったと考える。今回の結果から,頭部位置の変化では肩甲骨への影響が大きいのではないかと考える。しかし,今後の課題として頭部位置の違いだけではなく,脊柱・骨盤の肢位の関係,肩甲骨周囲の筋活動についても検討していくことが必要であると考える。【理学療法学研究としての意義】肩関節疾患の上肢挙上角度を目指した介入として,頸部アライメントの評価,治療を行うことの有用性があると示唆された。
著者
鴫原孝博 真壁寿
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
第49回日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
2014-04-29

【はじめに,目的】筋緊張亢進はADLやリハビリテーションに大きな影響を与えており,理学療法では痙縮筋の筋緊張低下を目的として,様々な徒手療法や物理療法が利用されている。しかし,手技の効果を比較検討した報告は見当たらない。本研究の目的は,脊髄運動細胞の興奮性の指標として,経皮的電気刺激法によるIa相反抑制と持続的伸張によるIb抑制が筋緊張に及ぼす影響を検討し,臨床におけるIa相反抑制とIb抑制の有効性を比較検討することである。【方法】対象は神経障害の既往がない健常成人10名(平均22.0±1.4歳)とし,測定脚は左下肢とした。ヒラメ筋を被験筋とし,M波の最大振幅及び最大M波の10%の振幅が得られる刺激強度でのH波振幅を測定し,H波は介入前の振幅の平均値に対する百分率で表した。介入は前脛骨筋に経皮的電気刺激を行う条件(以下,Ia条件)と下腿三頭筋に持続的伸張を行う条件(以下,Ib条件)の2条件とした。Ia条件では,前脛骨筋の運動点に対し経皮的電気刺激を行った。刺激波形は持続時間1msecの矩形波,刺激強度は強度を上げても収縮力が強くならない最小強度とし,立位で20分間行った。Ib条件では,足関節背屈20°の傾斜台上立位にて,下腿三頭筋に対し20分間持続的伸張を与えた。各条件の測定は1日以上の間隔をあけ,介入前後に誘発筋電図装置(日本光電,Neuropack MEB-2200)を用いてH波及びM波を導出した。導出肢位はベッド上腹臥位で膝関節軽度屈曲位,足関節中間位となるようポジショニングを行い,各条件前後に姿勢変化がないように配慮した。刺激電極は膝窩部に設置し,脛骨神経に対し経皮的電気刺激を行った。刺激頻度0.5Hz,刺激持続時間1msecの短波形とした。導出電極には表面電極を用い,関電極は脛骨結節と足関節内果の中間で,脛骨のすぐ内側のヒラメ筋上に貼付し,アースを刺激電極と関電極の中間点に貼付した。介入前と介入後0,5,10分毎に約15発ずつ測定し,規定したM波の振幅に近い波形を10発ずつ採用した。測定中は被験者に安静を保たせた。Ia及びIb条件前後の各時間の振幅変化率とその減少比率を求め比較検討した。また,各条件間の振幅変化率の差を各時間にて比較検討した。Ia及びIb条件前後の振幅変化率の差の検定には一元配置分散分析,その減少比率の検定にはχ2検定,各条件間での各時間の振幅変化率の差の検定には対応のあるt検定を用いた。なお,各統計学解析の有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】ヘルシンキ宣言に則り対象者のプライバシー侵害および人体に与える影響などに留意し,研究の意義と実験方法を口頭と書面で説明し,同意が得られた人を対象とした。【結果】Ia条件では介入直後10例中7例,5分後10例中6例,10分後10例中7例で有意なH波振幅の減少,10分後10例中1例で有意なH波振幅の増大が認められた(p<0.05)。これらの減少比率はすべて有意差が認められた(p<0.01)。また,振幅変化率の全体平均値は各時間に有意差は認められなかった。Ib条件では介入直後10例中8例,5分後10例中7例,10分後10例中5例で有意なH波振幅の減少が認められた(p<0.05)。これらの減少比率はすべて有意差が認められた(p<0.01)。また,振幅変化率の全体平均値は各時間に有意なH波振幅の減少が認められた(p<0.05)。なお,Ia条件とIb条件の各時間での振幅は,介入直後と10分後で,Ib条件で有意に減少率が高いことが認められた(p<0.05)。また,5分後では有意差はないが,Ib条件で減少率が高い傾向にあった。【考察】今回の研究において,経皮的電気刺激法によるIa相反抑制と持続的伸張によるIb抑制が筋緊張の抑制を目的とした理学療法手技として有効であると言える。Ia相反抑制後のH波振幅変化率の全体平均値の結果では,興奮性の反応が影響していたことが考えられる。条件間の比較では,Ib抑制がより筋緊張抑制手技として有効であることが示唆された。しかし,10例中1例で有意にIa相反抑制の効果が高い例が認められ,Ib抑制の効果が高いとは必ずしも言い切れない。今後,筋緊張の亢進を有する患者に対して,その他の手技も含めてその効果を比較検討する必要がある。そして,臨床でより有効な筋緊張抑制手技を選択するには,各手技の最も効果の高い介入条件や,対象者の身体的及び精神的な特性の違いによる各介入条件の効果量の変化についても明らかにすることが重要である。【理学療法学研究としての意義】筋緊張抑制手技を選択するにあたって,より効果的な手技を選択し,患者のADLや円滑なリハビリテーション進行の基盤となる可能性が高い。
著者
池澤秀起 高木綾一 鈴木俊明
雑誌
第49回日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
2014-04-29

【はじめに,目的】肩関節疾患患者の上肢挙上運動は,肩甲骨の挙上など代償運動を認めることが多い。この原因の一つとして,僧帽筋下部線維の筋力低下が挙げられるが,疼痛や代償運動により患側上肢を用いた運動で僧帽筋下部線維の筋活動を促すことに難渋する。そこで,上肢の運動を伴わずに僧帽筋下部線維の筋活動を促す方法として,腹臥位での患側上肢と反対側の下肢空間保持が有効ではないかと考えた。その結果,第47回日本理学療法学術大会において,腹臥位での下肢空間保持と腹臥位での肩関節外転145度位保持は同程度の僧帽筋下部線維の筋活動を認めたと報告した。また,第53回近畿理学療法学術大会において,両側の肩関節外転角度を変化させた際の腹臥位での下肢空間保持における僧帽筋下部線維の筋活動は,0度,30度,60度に対して90度,120度で有意に増大したと報告した。一方,先行研究では両側の肩関節外転角度を変化させたため,どちらの肩関節外転が僧帽筋下部線維の筋活動に影響を与えたか明確でない。そこで,一側の肩関節外転角度を一定肢位に保持し,反対側の肩関節外転角度を変化させた際の僧帽筋下部線維の筋活動を明確にする必要があると考えた。これにより,僧帽筋下部線維の筋活動を選択的に促す因子を特定し,トレーニングの一助にしたいと考えた。【方法】対象は上下肢,体幹に現在疾患を有さない健常男性16名(年齢25.6±2.1歳,身長168.5±2.5cm,体重60.4±6.7kg)とした。測定課題は,利き腕と反対側の下肢空間保持とした。測定肢位は,腹臥位でベッドと顎の間に両手を重ねた肢位で,下肢は両股関節中間位,膝関節伸展位とした。また,空間保持側の上肢は肩関節外転0度で固定し,反対側の上肢は肩関節外転角度を0度,30度,60度,90度,120度と変化させた。肩関節外転角度の測定はゴニオメーター(OG技研社製)を用いた。測定筋は,空間保持側と反対の僧帽筋上部,中部,下部線維,広背筋とした。筋電図測定にはテレメトリー筋電計MQ-8(キッセイコムテック社製)を使用した。測定筋の筋活動は,1秒間当たりの筋電図積分値を安静腹臥位の筋電図積分値で除した筋電図積分値相対値で表した。また,5つの角度における全ての筋電図積分値相対値をそれぞれ比較した。比較には反復測定分散分析及び多重比較検定を用い,危険率は5%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】対象者に本研究の目的及び方法を説明し,同意を得た。【結果】僧帽筋下部線維の筋電図積分値相対値は,肩関節外転角度が0度,30度,60度に対して90度,120度で有意に増大した。広背筋の筋電図積分値相対値は,肩関節外転角度が30度,60度,90度,120度に対して0度で有意に増大した。僧帽筋上部線維,僧帽筋中部線維の筋電図積分値相対値は,全ての肢位において有意な差を認めなかった。【考察】先行研究と今回の結果から,腹臥位での下肢空間保持における僧帽筋下部線維の筋活動は,空間保持側と反対の肩関節外転角度の影響が大きいことが判明した。つまり,腹臥位での下肢空間保持は,空間保持側と反対の肩関節外転角度を考慮することで僧帽筋下部線維の筋活動を選択的に促すことが出来る可能性が高いと考える。まず,腹臥位での下肢空間保持は,下肢を空間保持するために股関節伸展筋の筋活動が増大する。それに伴い骨盤を固定するために空間保持側の腰背筋の筋活動が増大し,さらに,二次的に脊柱を固定するために空間保持側と反対の腰背筋や僧帽筋下部線維の筋活動が増大することが考えられる。このことを踏まえ,僧帽筋下部線維の筋活動が肩関節外転0度,30度,60度に対して90度,120度で有意に増大した要因として,肩関節外転角度の変化により脊柱を固定するための筋活動が広背筋から僧帽筋下部線維に変化したのではないかと考える。広背筋の筋活動は肩関節外転30度,60度,90度,120度に対して0度で有意に増大したことから,肩関節外転0度では脊柱の固定に広背筋が作用したことが推察される。一方,肩関節外転角度の増大により広背筋は伸長位となり,力が発揮しにくい肢位となることが推察される。また,広背筋は上腕骨,僧帽筋下部線維は肩甲骨に停止することに加え,肩甲上腕リズムから肩関節外転角度の増大に対して,広背筋は僧帽筋下部線維と比較し伸長される割合が大きいことが推察される。その結果,肩関節外転角度の増大に伴い脊柱を固定するために僧帽筋下部線維の筋活動が増大したのではないかと考える。【理学療法学研究としての意義】腹臥位での下肢空間保持において,僧帽筋下部線維の筋活動は先行研究と同様の結果であったことから,空間保持側と反対の肩関節外転角度が僧帽筋下部線維の筋活動を選択的に促す要因となる可能性が高いことが示唆された。
著者
福元喜啓
雑誌
第49回日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
2014-05-08

骨格筋量は筋力発揮のための主要な要因であることから,臨床において筋萎縮の評価や筋肥大に向けたトレーニングは重要である。特に高齢期における筋量減少(サルコペニア)は,転倒・骨折や総死亡リスクの因子ともなるため,その早期発見や予防は極めて重要である。筋萎縮の評価手段としては従来,高価で大がかりなCTやMRIを用いた筋断面積が推奨されてきたが,近年の安価で非侵襲的な超音波画像診断装置の普及により,臨床でも簡便に評価できるようになった。超音波画像で計測される筋厚は,CTやMRIなどとも高い相関があるなど,筋量指標のひとつとしての妥当性・信頼性も示されている。 しかし問題点として,筋量だけの評価では筋力や身体機能との関連性は中等度に過ぎないことが報告されている。この理由のひとつとして,筋萎縮に伴い筋内の脂肪浸潤といった非収縮組織の増加も生じることが挙げられる。そのため筋断面積や筋厚による筋量評価では,そのような筋内脂肪も含めて筋量として過大評価してしまい,筋力や身体機能との関連を減弱させてしまうと考えられる。このことから,筋萎縮の程度を正確に把握するためには,筋量のみでなく併せて筋内脂肪量も評価する必要性がある。 近年,超音波診断装置を用いた筋内脂肪増加の評価方法として,筋エコー輝度(以下,筋輝度)が注目されている。超音波画像上では萎縮筋は,筋厚が減少するだけでなく白っぽく映る(すなわち筋輝度が高くなる)が,この筋輝度の上昇が筋内脂肪の増加を反映することが明らかとなっている。筋輝度の定量的評価手段としては,256階調(0~255)で数値化される8bit gray scaleが用いられ,数値が高くなるほど筋輝度が高い,つまり筋内脂肪量が多いということを示す。このように超音波画像診断装置は簡便に筋量・筋内脂肪量の双方を評価できることから,理学療法学分野における臨床応用も期待されている。本講演では,筋内脂肪量の指標としてこの筋輝度を用いた我々の研究結果を紹介する。1)筋内脂肪量と筋力との関連 筋輝度の有用性を示すには,筋輝度が筋力に影響するかどうかを調べる必要がある。そこで我々は,地域在住の中高齢者を対象とし,大腿四頭筋の筋厚・筋輝度と筋力との関連性を調べた。その結果,筋力の影響因子として筋厚と筋輝度がともに抽出されたことから,筋量だけでなく筋内脂肪量も筋力に影響を及ぼすことが明らかとなった。また,筋輝度は体脂肪率やBMI,皮下脂肪厚とは相関がなかったことから,個々の筋の筋内脂肪量は体脂肪率やBMIなどからは予測できないことが明らかとなった。(Fukumoto et al. Eur J Appl Physiol 2012)2)四肢・体幹筋における筋厚と筋内脂肪量の加齢変化 加齢に伴う筋萎縮と筋内脂肪増加の程度が四肢・体幹筋によって異なるかを調べる目的で,若年者および地域在住の中高齢者を対象として,上腕二頭筋,大腿四頭筋と腹直筋の筋厚と筋輝度を計測した。若年者との比較の結果,上腕二頭筋と大腿四頭筋の筋厚減少は中年期では生じておらず前期高齢期から始まっていたが,筋輝度の上昇は中年期からすでに始まっていた。一方,腹直筋においては筋厚の減少・筋輝度の上昇ともに,中年期から生じていた。このことから,四肢筋では加齢に伴う筋内脂肪増加は筋萎縮よりも早期に生じること,体幹筋では中年期から筋萎縮・筋内脂肪増加の双方が生じることが明らかとなった。3)変形性股関節症(股OA)患者における下肢・体幹筋の筋萎縮・筋内脂肪増加の特徴 股OA患者の筋力低下は多くの研究で報告されており,運動能力低下の因子となることが明らかとなっている。しかしいくつかの研究で,股OA患者は健常者と比較しても有意な筋萎縮はしていないとの報告がなされている。そこで我々は,股OA患者の筋力低下には筋萎縮ではなく筋内脂肪の増加が関連しているとの仮説を立て,股OA患者と健常者の下肢・体幹筋の筋厚・筋輝度を比較した。結果,健常者と比べ股OA患者の筋厚は股関節周囲筋ではなく大腿四頭筋で減少していた。また股OA患者の筋輝度は,中殿筋,大腿四頭筋,腹直筋で上昇していた。以上のことから,股OAでは中殿筋と腹直筋は筋萎縮をしていないが筋内脂肪増加が生じていること,大腿四頭筋では筋萎縮・筋内脂肪増加の双方が生じていることが明らかとなった。(Fukumoto et al. Ultrasound Med Biol 2012)4)筋力トレーニングによる筋内脂肪量の変化 筋力トレーニングによって,筋量の増加だけでなく,筋内脂肪減少も生じることが報告されている。しかし,どのようなトレーニング方法がより効果的かは明らかではない。近年,高齢者に対する高速度での筋力トレーニング(パワートレーニング)の効果が報告されている。我々は股OA患者を対象とし,高速度および低速度での筋力トレーニングを8週間実施し,運動速度により筋厚および筋内脂肪量の変化に違いがあるかどうかを調べた。結果,筋厚の増加は両トレーニングで同程度であったが,筋内脂肪減少は低速度と比べ高速度筋力トレーニングで大きかった。また,一部の運動能力の改善においても高速度トレーニングの方が大きいという結果が得られた。このことより,高速度での筋力トレーニングは筋内脂肪減少に有効であることが示唆された。(Fukumoto et al. Clin Rehabil 2014) 本講演ではこれらの研究結果を紹介するとともに,筋輝度研究の今後の展望や課題についても述べる。
著者
笠井健治 西尾尚倫 下池まゆみ 市川忠
雑誌
第49回日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
2014-04-29

【はじめに,目的】従来より運動失調症状に対して四肢遠位へ重錘を負荷することで運動の改善が得られることが知られている。その作用機序は固有感覚系からの入力情報の増大とされるが,脳内での反応については明らかになっていない。本研究では近赤外線脳機能イメージング法を用いて重錘負荷が脳血流量変化に及ぼす影響について検討した。【方法】対象者は運動失調患者1名(橋背側海綿状血管腫摘出術後,30歳代女性,SARA9.5点),健常者1名(20歳代男性)であった。課題は両上肢で平行棒を把持した立位で前方の踏み台上へステップ動作を左右交互に繰り返す運動とした。その際,踏み台上面の5cm幅の目印内に足先を収めるように指示した。重錘負荷は0g,500g,1000gの3条件とした。各条件で20秒間の課題と30秒間の休息を6セット繰り返した。計測前に課題練習を行い動作の確認を行った。各条件間で血圧と脈拍を計測し疲労の有無を確認した。課題の成績は各セットでステップが不正確であった割合(以下エラー率)を指標とした。脳血流量変化は光トポグラフィー(日立メディコETG-7100)を用いた。3×5のプローブセットを国際10-05法のC1とC2が,各々左と右のプローブセットの中心に一致するように設定し,運動野と感覚野を中心に左右合計44チャンネルを計測した。ノイズおよびアーチファクトは除外処理を行い,ベースライン補正処理をセット毎に行った。各チャンネルの課題開始5秒から課題終了までの酸素化ヘモグロビン変化量の平均値を算出し(以下oxy-Hb,単位mMmm),脳血流量変化の指標とした。補足運動野および前運動野を反映する領域(以下Pre Motor/Supplmental Motor Area;P/SMA)と体性感覚連合野を反映する領域(以下Somatosensory Association Area;SAA)のoxy-Hbに関して重錘負荷の条件による差を反復測定分散分析およびTukey法を用いて比較した。統計解析はDr.SPSS2を用い,有意水準は5%とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は当センター倫理委員会の承認(H25-12)を得て,対象者へ十分な説明をし,書面にて同意を得た上で行われた。【結果】課題のエラー率は運動失調患者では条件0gで40.06±12.78%,500gで19.31±12.85%,1000gで33.33±5.97%であった。0gと比較し,500g%では有意にエラー率が減少した(p<0.05)。健常者では0gで4.17±3.03%,500gで5.63±3.02%,1000gで6.46±3.89%であり,有意な差はなかった。oxy-Hbは運動失調患者では右SAAが0gと比較して500gで有意に増加した(p<0.01)。健常者では左P/SMAで500gより1000g,左右のSAAで0gより1000g,500gより1000gで有意に減少した(p<0.05)。【考察】運動失調患者では重錘負荷条件500gで課題成績の改善を認めたが,健常者では重錘負荷による課題成績の差はなかった。これは重錘負荷による運動失調への効果が本研究でも得られたためと考える。小脳失調患者では課題成績の改善が認められた500g重錘負荷時に右SAAのoxy-Hbが増加した。一方,健常者では重錘負荷により左右のSAAのOxy-Hbが減少した。重錘負荷は筋紡錘から小脳への求心性入力を増大させ,小脳は体性感覚入力をもとに運動の誤差を修正する役割を果たす。この脊髄―小脳ループが障害された場合,大脳皮質による代償的な活動が生じることが予測される。本研究においては失調症患者で課題成績に対応して右SAAのoxy-Hbが増大しており,重錘負荷が大脳皮質感覚領野による小脳機能の代償を生じさせたことを示唆するものと考えられた。【理学療法学研究としての意義】重錘負荷練習に対する科学的根拠の一助となる。また,運動失調患者が運動を行う際に脳のどの機能を利用しているのかを知ることにより機能回復を促進するためのストラテジーの開発につながる。
著者
安次富寛貴 村井直人 福地弘文 安里亮 玉城ひかり 照屋渚 稲垣剛史 大嶺快司 与儀哲弘
雑誌
第49回日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
2014-04-29

【はじめに,目的】当院では回復期病棟入院患者に対し,個別リハの提供や病室での自主練習指導,看護・介護スタッフによる離床・起立・歩行練習を行なっている。しかし,高齢者においては個別リハに依存し,病棟生活ではベッド・椅子上に無活動でいることが多く,個別リハ以外で自発的に自主練習を行う,または活動していることが少ない印象を受けた。浜島ら(2004)は高齢入院者の身体活動量は高齢健常者と比べ約1/4しか活動しておらず,さらに廃用性によるものと考えられる体力低下を認めたと報告されている。また,活動性低下は意欲など精神機能の低下にも繋がるともいわれている。これらを踏まえ当院入院高齢患者においても,身体・精神機能低下が廃用として起こっている可能性があるのではないかと考えた。そこで,ADL能力の向上・活動時間の拡大を図ることを目的に,個別リハ以外に病棟リハ室で行う自主練習の提供を午前・午後各1時間程度PT・OTそれぞれ協力して行った。今回この取り組みを実施することで,各患者に及ぼす効果を検証するためにFIM・実用歩行獲得日数を用いて検討したのでここに報告する。【方法】取り組み開始前平成23年8月から平成24年7月の期間と,開始後平成24年8月から平成25年7月の期間に大腿骨頚部・転子部骨折の診断名にて当院回復期病棟に入院し自立歩行獲得達成まで至った者29名を対象とし,開始前14名(以下設定なし群,男性3名,女性11名,年齢81.0±10.18歳),開始後15名(以下設定あり群,男性3名,女性12名,年齢78.4±7.37歳)の2群にわけた。自主練習はレジスタンストレーニング,DYJOC,有酸素運動,バランス練習,立位での作業・課題といった安全に行える方法で複合的な運動内容に設定した。また自主練習は座位・立位といった抗重力姿勢にて行うプログラムを立案した。さらにPT・OTそれぞれ対象者の問題点に沿ったプログラムを立案し,その後の再評価・再立案も徹底した。運動強度は自覚的運動強度を用い,榎本ら(2006)の先行研究を元に10~13(楽~ややきつい)の範囲で低強度に設定し,休息も含め本人のペースで行って頂いた。回数・負荷量なども運動強度の範囲内で徐々に上げ,効果判定としても用いた。対象の2群間における1日当たりの単位数,入院時FIM・FIM効率(合計・運動・認知・歩行・社会的交流)について群間比較を行った。また実用歩行獲得日数については,病棟生活の移動が車椅子から歩行へ変更となった日「監視歩行獲得日数」と,退院時の移動手段で自立となった日「自立歩行獲得日数」をそれぞれ入院時からの日数で算出し,群間比較を行った。各項目における群間比較には,対応のないt検定を用いた。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は主研究者が所属する施設の倫理委員会にて承認を得たものであり,ヘルシンキ宣言に沿った研究である。また患者家族に対し十分な説明を行い,同意を得た。【結果】1日当たりの単位数,入院時FIM共に両群間に有意差を認めなかった。FIM効率(合計・運動・認知・歩行・社会的交流)において,「設定あり群」は「設定なし群」と比べ有意に高値であった(p<0.05)。実用歩行獲得日数については,自立歩行獲得日数には有意差を認めなかったが,監視歩行獲得日数において「設定あり群」は「設定なし群」と比べ平均10日短縮しており有意に高値であった(p<0.05)。【考察】個別リハに加え自主練習の提供も積極的に行うことで,ADL能力の効率向上がより得られ,病棟生活において車椅子から歩行への移動手段獲得が早期にできる可能性が示唆された。今回低負荷で設定した自主練習により運動・活動量を増大させたことが,生活上での活動性低下に伴う廃用性要素の改善や受傷部位の機能回復の一助として効果があったのではないかと考える。また,個別リハとは違い,患者自身が運動・作業を主体的に行い,回数や負荷量・課題難易度などを変更していく中で効果判定としても伝えていったことがリハ・活動意欲の向上や自主練習の継続・個別リハの充実化を可能にした印象がある。さらに病棟リハ室に患者が集まり,活気のある空間で自発的に行える環境が作れたこと,患者どうしの交流が取り易い環境が作れたことが相乗効果を高め,今回の結果に影響を及ぼした可能性があると考える。今回身体機能・心理面の評価指標を用いた具体的な検証ができていないため,今後の課題としたい。【理学療法学研究としての意義】個別リハに加え自主練習の提供もPT・OTにて積極的に行うことで,ADL能力の効率向上や車椅子から歩行への移動手段獲得が早期にできる可能性が示唆されたという点において意義があると考える。
著者
吉川義之
雑誌
第49回日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
2014-05-08

1.はじめに 褥瘡予防・管理ガイドラインに記載されている物理療法には,電気刺激療法,超音波療法,水治療法,光線療法,電磁波刺激療法,陰圧閉鎖療法がある。その中で,本邦の理学療法士が使用可能な物理療法手段は,電気刺激療法,超音波療法,水治療法,光線療法であり,創の縮小や壊死組織の除去など臨床における効果が示されている。しかし,本邦では欧米諸国に比べ実施頻度は非常に低く,電気刺激療法においては実施頻度が低いことが理由で推奨度がAランクからBランクに引き下げられている。今回のシンポジウムでは,褥瘡の創面評価(DESIGN-R)を確認しながら,超音波療法,電気刺激療法,水治療法における理学療法技術を提示し,褥瘡対策チームで活躍している理学療法士と討論したいと考えている。もう一度,物理療法の効果を再考し,褥瘡対策チームにおける理学療法士の役割を再確認したいと考えている。2.創面評価(DESIGN-R) 褥瘡の創面はDESIGN-Rを用いて評価する。Depth(深さ),Exudate(滲出液量),Size(大きさ),Inflammation/Infection(感染/炎症),Granulation tissue(肉芽),Necrotic tissue(壊死組織),Pocket(ポケットの有無)のそれぞれを点数化し合計点が高ければ重症となる。この評価方法により創面が改善しているのか,悪化しているのかを把握することが可能である。褥瘡の創面評価により治療方法の効果判定に用いることが可能である。3.褥瘡局所治療(down stream) 理学療法士が実施可能な褥瘡局所治療(down stream)として物理療法がある。以下に水治療法・超音波療法・電気刺激療法を提示する。 1)水治療法 褥瘡に対する水治療法は日本褥瘡予防・管理ガイドラインの壊死組織の除去および感染・炎症の制御の2要素において推奨度C1とされている。不感温度(35.5~36.6℃)に加温した温水あるいは渦流による物理的な刺激を全身(ハバード浴療法),部分的(渦流浴療法)に与えるものである。また,創洗浄は水治療法の一部であり,創面および創周囲を弱酸性洗剤で洗浄する。その際,褥瘡の創面を直接観察でき評価(DESIGN-R)をする事が可能である。創面の状態や形状を観察することで,物理療法の適応時期や褥瘡発生の原因究明につながる。理学療法士が創の洗浄を実施し,創面を評価することでより加速的な治癒が期待できる。 2)超音波療法 褥瘡に対する超音波療法の有効性については明確な根拠がないとされてきた。しかし,創傷被覆材の超音波透過率を明確にして行った臨床研究において,創の収縮が促進することが確認されている(Maeshige N, et al. J Wound Care, 2010)。この研究結果により,褥瘡予防・管理ガイドラインにおいて推奨度C1となった。その後,創閉鎖の際に必要な線維芽細胞を用いた培養実験において,低出力のパルス超音波が線維芽細胞の活性化を促すことが確認されている(前重伯壮,他。日本物理療法学会誌,2012)。この結果をもとに行った臨床研究においても創収縮が確認されている(Maeshige N, et al. WCPT-AWP&ACPT, 2013)。褥瘡に対する超音波療法は創の収縮において有効であると考えられるため,実施する理学療法士が増え,効果が確認される事で推奨度がBランクになると思われる。 3)電気刺激療法 褥瘡に対する電気刺激療法は褥瘡予防・管理ガイドラインの創の縮小において推奨度がBランクで行うように薦められている。杉元らが行った線維芽細胞の遊走の基礎研究(Sugimoto M, et al. J Wound Care, 2012)を臨床研究に適応した症例研究(吉川義之,他。理学療法学,2013)においても有効性が示されている。また,ポケットを有する褥瘡に対しても有効性が示されている(吉川義之,他。日本物理療法学会誌,2012)。その後,植村らが細胞遊走の最適電流強度を調査するため新たな培養細胞実験を行った。その結果,200µAで細胞遊走が促進され,300µAで抑制することが確認された(Uemura M, et al. WCPT-AWP&ACPT, 2013)。これらの結果をふまえ,現在は創傷治療専用器による治験を実施している。また,基礎研究では細胞遊走に加え細胞増殖の検討を実施している。このように,基礎研究を臨床に適用しながら,褥瘡に対する電気刺激療法の有効性が明らかになってきている。超音波療法と同様,実施する理学療法士が増えることにより,推奨度がAとなり褥瘡治癒に貢献できると考えられる。3.おわりに 上記のように,褥瘡に対する物理療法の有効性が示されている。そのため,褥瘡を評価し適応時期にあった物理療法を選択することで創の加速的な治癒に期待である。しかし,物理療法は難しいという固定概念から敬遠されがちである。筆者もその一人であった。しかし,臨床効果を実感することでこれらの固定概念は消失した。物理療法は他の理学療法技術とは異なり,適切な機器を選択し,最適条件の設定ができれば,素晴らしい効果を得ることが可能となる。今回,シンポジウムに参加している方々にこの効果を実感していただきたいと考えている。理学療法士は褥瘡対策チームでポジショニングやシーティングなどの予防(up stream)だけでなく,局所治療(down stream)においても活躍できる場は非常に多いと思われる。
著者
山本吉則 嘉戸直樹 鈴木俊明
雑誌
第49回日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
2014-04-29

【はじめに,目的】運動学習の初期には,速い運動よりも遅い運動を行う方が適しているといわれており,遅い運動では体性感覚が入力されやすい可能性がある。感覚機能の客観的な評価法として体性感覚誘発電位(SEP:Somatosensory evoked potential)が用いられている。運動中には,SEP振幅は低下することが知られておりgatingと呼ばれる。このgatingの機序としては,運動の準備や実行に関与する運動関連領野による求心性インパルスの抑制や,運動時の固有感覚入力や触圧覚入力と上肢刺激で生じた求心性インパルスとの干渉作用が推測されている。我々は先行研究において運動頻度の異なる手指反復運動がSEPに及ぼす影響について検討し,0.5Hzや1Hzの手指反復運動では体性感覚入力は変化しないが,3Hzの手指反復運動では3b野および3b野より上位レベルの体性感覚入力に抑制効果を示すと報告した。しかし,臨床ではさらに詳細な運動頻度を設定する必要があると考える。そこで本研究では,運動頻度を詳細に設定し,運動頻度の増加が体性感覚入力に及ぼす影響について検討した。【方法】対象は整形外科学的および神経学的に異常を認めない健常成人8名(平均年齢24.9±3.5歳)とした。SEPは安静条件(安静背臥位を保持する),注意課題条件(0.25,0.5,1,2,3,4Hzの頻度の聴覚音に注意を向ける),運動課題条件(0.25,0.5,1,2,3,4Hzの頻度の聴覚音を合図とした右示指MP関節屈曲・伸展の反復運動を3cmの範囲で実施する)において記録した。注意課題条件と運動課題条件の課題の順序はランダムとした。SEPの記録にはViking4(Nicolet)を使用した。SEP導出の刺激条件は,頻度を3.3Hz,持続時間を0.2ms,強度を感覚閾値の2~3倍とし,右手関節部の正中神経を刺激した。加算回数は512回とした。記録条件として探査電極を国際10-20法に基づく頭皮上の位置で刺激側と対側の上肢体性感覚野(C3´),および第5頸椎棘突起上皮膚表面(SC5),刺激側と同側の鎖骨上窩(Erb点)に配置し,基準電極を刺激側と対側の鎖骨上窩(Erb点),前額部(Fpz)に配置した。C3´-Fpz間からはN20とP25,SC5-Fpz間からはN13,同側Erb点-対側Erb点間からはN9の振幅および潜時を測定した。安静条件,注意課題条件,運動課題条件における振幅と潜時の統計学的比較にはDunnett検定を用いた。なお,有意水準は5%とした。【倫理的配慮,説明と同意】対象者には,本研究の目的と方法,個人情報に関する取り扱いなどについて書面および口頭で説明し理解を得た後,研究同意書に署名を得た。なお,本研究は本学の倫理委員会の承認を得て行った。【結果】安静条件,注意課題条件では,各振幅に有意差は認めなかった。運動課題条件では,N9,N13振幅には有意差を認めなかったが,N20,P23振幅は安静時と比較して2Hz以上の運動頻度において有意に低下した(p<0.01)。安静条件,注意課題条件,運動課題条件の潜時には有意差を認めなかった。【考察】上肢刺激によるSEPの各成分の発生源として,N9は腕神経叢,N13は楔状束核,N20は3b野,P25は3b野より上位レベルの由来と考えられている。本結果より,運動課題条件による2Hz以上の運動頻度では,3b野および3b野より上位レベルで体性感覚入力が抑制されることが示唆された。この要因として,運動頻度の増加に伴う求心性インパルスと運動関連領野の影響を考えた。Blinkenbergらは,0.5Hzから4Hzの頻度での右示指のタッピング運動において,対側の第一次運動野,第一次体性感覚野,補足運動野や小脳が賦活し,さらに第一次運動野および第一次体性感覚野の血流と運動頻度には有意な正の相関を認めると報告している。本研究においても,2Hz以上の運動頻度では,右示指MP関節の屈曲・伸展に伴う触圧覚入力や固有感覚入力の増加,運動関連領野の活動の増加により3b野および3b野より上位レベルで体性感覚入力が抑制されると考えた。この体性感覚入力を抑制する役割として,西平らは感覚フィードバックを利用して適宜修正すれば期待した運動を実現できるが,その働き自体はゆっくりであると述べている。2Hz以上の運動頻度では,運動を円滑に遂行するために3b野および3b野より上位レベルで不必要な体性感覚入力を抑制する可能性がある。【理学療法学研究としての意義】体性感覚入力を促して感覚フィードバックを利用する際には,低頻度の運動を実施し,運動が習熟するに伴い低頻度の運動から高頻度の運動へ移行する必要がある。
著者
澄川泰弘 川端悠士
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
第49回日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
2014-04-29

【目的】人工膝関節置換術は手術手技の進歩やインプラントデザインの改良に伴い,安定した術後成績が得られるようになっており,大部分の症例が術後早期に自立歩行が可能となる。しかしながら自立歩行を獲得しても歩行遊脚期に膝関節屈曲角度が減少する歩行パターン(Stiff knee gait;SKG)を呈する症例は少なくない。遊脚期における膝関節屈曲運動の低下は,足クリアランス低下に伴う躓きや,骨盤挙上運動等の代償動作の原因となる。また長期的なインプラントの耐久性を考慮してもdouble knee actionによる衝撃吸収機構の再建が重要となる。膝関節術後例を対象とした先行研究では,荷重応答期における膝関節運動については多く検討されているが,歩行時の膝関節運動範囲について検討した報告は少ない。また片麻痺例・脳性麻痺例を対象としたSKGに関する報告は散見されるが,人工膝関節置換術後例ではその背景が異なる。そこで本研究では人工膝関節置換術後例の歩行時膝関節運動範囲に関連する因子を明らかにすることを目的とする。【方法】対象は変形性膝関節症に対して人工膝関節置換術を施行した症例で,退院時に杖歩行が可能な22例(全置換術19例・単顆置換術3例,術後経過日数28.91±8.4日)とし,中枢神経系障害の既往を有する例は対象から除外した。歩行時膝関節角度の測定は術側の大腿骨大転子,膝関節裂隙,脛骨外果をマーキングした後にデジタルカメラを使用して矢状面から動画(30fps)を撮影した。歩行速度は対象者の快適歩行速度とし,1度の動画撮影において3歩行周期を記録した。動画データはMotion Analysis Toolsを使用して静止画から膝関節角度を測定,1歩行周期から膝関節最大屈曲・伸展角度,前遊脚期(Psw)および遊脚初期(Isw)における屈曲角度を抽出し, また運動範囲(最大屈曲-最大伸展)を求め3歩行周期における平均値を代表値とした。膝関節可動域はゴニオメーターを使用して膝関節屈曲および伸展可動域を測定した。下肢筋力は膝関節伸展筋力をHand Held Dynamometerを使用し,3回の測定における最大値を代表値とした。膝関節機能評価には日本語版WOMACを使用して術前と退院時に評価を実施,また疼痛項目を抽出し疼痛評価とした。基本的情報として性別,年齢,体重,身長,BMI,術前・術中可動域および使用機種はカルテより抽出した。一標本t検定を用いて人工膝関節置換術後例の運動範囲を先行研究における健常例のデータと比較した。次に運動範囲と基本的情報および各測定項目におけるデータの関連性についてSpearmannの順位相関係数を用いて検討した。統計学的解析にはSPSSを使用し有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言ならびに臨床研究に関する倫理指針に則って行った。対象には研究の趣旨を説明し同意を得た。得られたデータは匿名化し個人情報管理に留意した。【結果】人工膝関節置換術後例の歩行時膝関節運動範囲は44.48±8.9であり健常例データ59.6±18.4に比較して有意に低値を示した(p<0.01).運動範囲に関連する因子として術前屈曲可動域rs=0.57(p<0.01),術中可動域rs=0.46(p=0.03),術後屈曲可動域rs=0.44(p=0.04),術後伸展可動域rs=0.44(p=0.04),歩行時最大屈曲角度rs=0.71(p<0.01),歩行時最大伸展角度rs=-0.49(p=0.02),Iswにおける膝関節屈曲角度rs=0.51(p=0.01)に有意な相関関係を認めた。【考察】本研究結果から人工膝関節置換術後例では歩行時における膝関節運動範囲は狭小化していることが明らかとなった。運動範囲の狭小化には疼痛に伴う膝関節周囲筋の防御性収縮や術前の学習された歩行様式の残存が考えられる。また術前・術中・術後の屈曲可動域,術後伸展可動域,Iswにおける膝関節屈曲角度が膝関節運動範囲に関連する要因として重要であることが明らかとなった。運動範囲の拡大にはまず膝関節屈曲・伸展可動域を拡大する必要があると考えられた。また遊脚期における膝関節屈曲角度にはPsw・Iswにおける円滑な膝関節屈曲運動が必要とされるが,膝関節運動範囲とPswにおける屈曲角度には有意な関連は認めず,Iswにおける屈曲角度のみと有意な関連を認めたことから,人工膝関節置換術後例においてはPswにおける円滑な前足部荷重へと移行できず,Iswで努力的に屈曲運動を行っていることが推測される。よってSKG改善にあたってはPswにおける膝関節屈曲角度を改善する必要があると考えられる。Pswにおける膝関節屈曲角度減少には膝関節のみならず股関節・足関節の関節運動の影響も大きいと考えられ,今後は多関節における運動分析を行う必要がある。【理学療法学研究としての意義】本研究はSKG改善を目的とした運動療法を展開する上での一助になると考えられ,非常に意義深い理学療法研究であると考えられる。
著者
松浦由生子 石川大樹 大野拓也 堀之内達郎 前田慎太郎 谷川直昭 福原大祐 鈴木千夏 中山博喜 江崎晃司 齋藤暢 大嶺尚世 平田裕也 内田陽介 佐藤翔平
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
第49回日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
2014-04-29

【目的】近年,膝前十字靭帯(ACL)再建術後の再断裂例や反対側損傷例に関する報告が増えている。我々もサッカー選手において反対側損傷率が高いことを報告したが(谷川ら,2012),その詳細については未だ不明な点が多かった。そこで本研究ではACL再建術後に反対側ACL損傷を来たしたサッカー選手の詳細を検討し,その特徴を報告することを目的とした。【方法】対象は2003年1月から2012年10月までに当院にて初回ACL再建術を行い,術後1年以上経過観察しえたスポーツ選手612例(サッカー選手:187例,その他の競技選手:425例)とし,それぞれの反対側損傷率を比較した。さらに,サッカー選手187例を片側ACL損傷173例(男性151名,女性22名:片側群)とACL再建術後に反対側ACL損傷を来たした14例(男性11名,女性3名:両側群)に分けて,片側群と両側群の比較を行った。検討項目は,①初回受傷時年齢,②初回受傷側,③競技レベル,④競技復帰時期,⑤術後12ヶ月のKT-2000による脛骨前方移動量の患健差(以下,KT患健差),⑥術後12ヶ月の180°/s,60°/s各々の膝伸展・屈曲筋力の患健比(%)とした。なお競技レベルはTegner Activity Score(TAS)にて評価し,筋力測定には,等速性筋力測定器Ariel(DYNAMICS社)を使用した。また,両側群(14例)を対象として初回受傷時と反対側受傷時の受傷機転の比較を行った。項目は①コンタクト損傷orノンコンタクト損傷,②オフェンスorディフェンス,③相手ありorなし,④ボールありorなしとした。なお,相手に合わせてプレーをしていた際を「相手あり」とし,相手に合わせず単独でプレーをしていた際を「相手なし」とした。統計学的分析にはSPSS Ver.20.0(IBM社)を使用した。サッカーとその他の競技の反対側損傷率の差,片側群と両側群の初回損傷側の比較にはχ2乗検定を用い,その他の項目はWilcoxonの順位和検定を用いて比較した。さらに両側群の初回受傷時と反対側受傷時の受傷機転の比較にはMcNemar検定を用いた。有意水準5%未満を有意とした。【倫理的配慮,説明と同意】対象者に本研究の趣旨を説明し,書面にて同意を得た。また当院倫理委員会の承認を得て実施した。【結果】反対側ACL損傷率はサッカー選手7.49%(14例),その他の競技選手3.29%(14例)であり,サッカー選手が有意に高かった(p=0.02)。片側群と両側群の比較において,初回受傷時年齢は片側群28.5±9.5歳,両側群26.7±8.7歳(p=0.32)であった。初回受傷側に関しては,右下肢受傷が片側群49.2%,両側群64.3%で2群間に有意差を認めなかった(p=0.82)。TASは片側群7.5±1.0,両側群7.9±1.1(p=0.12),競技復帰時期は片側群9.3±2.0ヶ月,両側群9.6±2.0ヶ月(p=0.56),KT患健差は片側群0.0±1.2mm,両側群0.5±0.8mm(p=0.14)であった。膝筋力の患健比は180°/sでの伸展筋力が片側群87.2±15.3%,両側群86.4±10.0%(p=0.62),屈曲筋力が片側群88.2±18.9%,両側群87.8±14.8%(p=0.56),60°/sでの伸展筋力が片側群84.4±19.5%,両側群86.6±10.8%(p=0.98),屈曲筋力が片側群86.6±18.2%,両側群91.6±11.5%(p=0.32)でありいずれも有意差を認めなかった。両側群の受傷機転において,初回受傷時では相手あり4名,相手なし10名であったのに対し,反対側受傷時で相手あり11名,相手なし3名であり有意差を認めた(p=0.02)。その他の項目に関しては有意差を認めなかった。【考察】本研究においてサッカー選手がその他の競技選手と比較し,有意に反対側損傷率が高いことが示された。多種目の選手を対象とした先行研究での反対側ACL損傷率は約5%と報告されているが,本研究でのサッカー選手の反対側損傷率は7.49%であり,やや高い傾向にあった。両側群の受傷機転に関しては,初回損傷時よりも反対側損傷時の方が,相手がいる中での損傷が有意に多かった。サッカーは両下肢ともに軸足としての機能が要求される競技であるため,初回再建術後に軸足としての機能が回復していないと予測困難な相手の動作への対応を強いられた際に,反対側損傷を起こす可能性が高まるのではないかと推察した。以上のことから,サッカー選手に対しては初回ACL再建術後に対人プレーを意識した予防トレーニングを取り入れ,軸足としての機能回復や予測困難な相手の動きに対応できるagility能力を高めておくことが反対側ACL損傷予防には重要であると考えた。【理学療法学研究としての意義】本研究では,サッカー競技におけるACL再建術後の反対側ACL損傷は対人プレーでの受傷が多いという新しい知見が得られた。サッカーに限らず,反対側ACL損傷率を減少させるためには,スポーツ競技別に競技特性や受傷機転などを考慮した予防トレーニングを行っていくことが重要であると考える。
著者
佐藤謙次 細川智也 関口貴博 鈴木智
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
第49回日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
2014-04-29

【目的】膝前十字靱帯(ACL)再建術後再断裂の危険因子に関する報告は散見されており,低年齢やスポーツ活動レベルの高さが指摘されている。一方,ラグビーやアメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツの再断裂率は高いとされており,コンタクトスポーツとノンコンタクトスポーツでは傾向が異なることが予測される。しかし,スポーツカテゴリーの違いが再断裂に及ぼす影響に関する報告は渉猟し得ない。本研究の目的はACL再建術後の再断裂の危険因子を明らかにすることである。【対象と方法】対象は当院において2005年から2010年に膝屈筋腱を用いた初回解剖学的二重束ACL再建術を受け2年以上経過観察可能であった949例(男性500例,女性449例:平均年齢26.5歳)とした。両側ACL損傷例,再再建例は除外した。診療記録より再断裂の有無を調査した。再断裂は担当医が理学所見,KT2000,MRI,関節鏡所見から総合的に判断した。性別,年齢(18歳以下・19歳以上),スポーツレベル(競技レベル・レクリエーションレベル),スポーツカテゴリー(コンタクトスポーツ・ノンコンタクトスポーツ)に分けて再断裂率を算出した。なお,練習回数が週4回以上を競技レベル,週3回以下をレクリエーションレベルとした。また,コンタクトスポーツは,フルコンタクトスポーツとリミテッドコンタクトスポーツを含んだものとした。統計学的解析は,再断裂率を項目ごとに両群間でχ2検定を用いて比較した。また,多重ロジスティック回帰分析(ステップワイズ法)を用いて,再断裂の危険因子を抽出した。目的変数を再断裂の有無とし,説明変数を性別,年齢,スポーツレベル,スポーツカテゴリーとした。なお統計ソフトはR2.8.1を用い,有意水準は5%とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に基づいて行い,データの使用にあたり患者の同意を得た。個人情報保護のため得られたデータは匿名化し,個人情報が特定できないように配慮した。【結果】再断裂は949例中45例に認められ再断裂率は4.7%であった。性別(男性4.2%,女性5.3%)において男女間に有意差は認められなかった。年齢(18歳以下8.1%,19歳以上2.8%),スポーツレベル(競技レベル8.1%,レクリエーションレベル2.3%),スポーツカテゴリー(コンタクトスポーツ5.8%,ノンコンタクトスポーツ2.7%)において両群間に有意差が認められた(p<0.05)。多重ロジスティック回帰分析の結果,スポーツレベルとスポーツカテゴリーが危険因子として選択された(モデルχ2検定:p=0.000)。スポーツ活動レベルのオッズ比は3.4,スポーツカテゴリーのオッズ比は1.8であった。【考察】ACL初回損傷において女性は男性よりも2~8倍受傷リスクが高いことが知られているが,再断裂については男女間に有意差はなく危険因子としても抽出されなかった。したがってACL再建術後のスポーツ復帰に際しては男女ともに同等に注意を要すると思われた。2群間の比較において低年齢,競技レベル,コンタクトスポーツが有意に高い再断裂率を示したが,ロジスティック回帰分析による危険因子の抽出では,低年齢は選択されず,競技レベルとコンタクトスポーツが選択された。これはステップワイズ法により多重共線性をもつ低年齢が除外されたものと解釈できる。一方,スポーツレベルについては過去の報告と同様に危険因子として抽出され,競技レベルはレクリエーションレベルよりも3.4倍再断裂のリスクが高いことが明らかになった。さらにこれまで指摘されてこなかったスポーツカテゴリーにおいて,コンタクトスポーツが危険因子であることが新たに明らかになった。得られたオッズ比からコンタクトスポーツはノンコンタクトスポーツよりも1.8倍再断裂のリスクが高いことが分かった。【理学療法学研究としての意義】本研究の結果から,競技レベルとコンタクトスポーツの選手がハイリスク群として抽出された。したがってこれらに対して集中的に再断裂予防策を講じることが効率的・実用的と考える。競技レベルはレクリエーションレベルより3.4倍,コンタクトスポーツはノンコンタクトスポーツよりも1.8倍再断裂のリスクが高いことを患者に対しても説明可能であり,術後理学療法を円滑に進める一助になると考える。とくにスポーツの種類により再断裂率が異なることを新たに証明できた意義は大きいと考える。
著者
光武翼 中田祐治 岡真一郎 平田大勝 森田義満 堀川悦夫
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
第49回日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
2014-04-29

【目的】後頭下筋群は筋紡錘密度が非常に高く,視覚や前庭覚と統合する固有受容器として中枢神経系との感覚運動制御に関与する。後頭下筋群の中でも深層の大小後頭直筋は頸部における運動制御機能の低下によって筋肉内に脂肪浸潤しやすいことが示されている(Elliott et al, 2006)。脳梗塞患者は,発症後の臥床や活動性の低下,日常生活活動,麻痺側上下肢の感覚運動機能障害など様々な要因によって後頭下筋群の形態的変化を引き起こす可能性がある。本研究の目的は,Magnetic Resonance Imaging(以下,MRI)を用いて後頭下筋群の1つである大後頭直筋の脂肪浸潤を計測し,脳梗塞発症時と発症後の脂肪浸潤の変化を明確にすることとした。また,多変量解析を用いて大後頭直筋の脂肪浸潤に影響を及ぼす因子を明らかにすることとした。【方法】対象は,脳梗塞発症時と発症後にMRI(PHILPS社製ACHIEVA1.5T NOVA DUAL)検査を行った患者38名(年齢73.6±10.0歳,右麻痺18名,左麻痺20名)とした。発症時から発症後のMRI計測期間は49.9±21.3日であった。方法は臨床検査技師によって計測されたMRIを用いてT1強調画像のC1/2水平面を使用した。取得した画像はPC画面上で画像解析ソフトウェア(横河医療ソリューションズ社製ShadeQuest/ViewC)により両側大後頭直筋を計測した。Elliottら(2005)による脂肪浸潤の計測方法を用いて筋肉内脂肪と筋肉間脂肪のpixel信号強度の平均値を除することで相対的な筋肉内の脂肪浸潤を計測した。大後頭直筋の計測は再現性を検討するため級内相関係数ICC(2,1)を用いた。発症時と発症後における大後頭直筋の脂肪浸潤の比較はpaired t検定を用いた。また,大後頭直筋の脂肪浸潤に影響を及ぼす因子を決定するために,発症時から発症後の脂肪浸潤の変化率を従属変数とし,年齢,Body Mass Index(以下,BMI),発症から離床までの期間(以下,臥床期間),Functional Independence Measure(以下,FIM),National Institute of Health Stroke Scale(以下,NIHSS),発症時から発症後までのMRI計測期間を独立変数としたステップワイズ重回帰分析を行った。回帰モデルに対する各独立変数はp≧0.05を示した変数を除外した。回帰モデルに含まれるすべての独立変数がp<0.05になるまで分析を行った。重回帰分析を行う際,各独立変数間のvariance inflation factor(以下,VIF)の値を求めて多重共線性を確認した。すべての検定の有意水準は5%とした。【倫理的配慮,説明と同意】すべての患者に対して文章,口頭による説明を行い,署名により同意が得られた者を対象とした。【結果】対象者のBMIは21.5±3.3,臥床期間は5.3±9.5日,FIMは84.6±34.5点,NIHSSは5.6±5.9点であった。大後頭直筋の脂肪浸潤におけるICC(2,1)は発症前r=0.716,発症後r=0.948となり,高い再現性が示された。脳梗塞発症時と発症後に対する大後頭直筋の脂肪浸潤の比較については発症時0.46±0.09,発症後0.51±0.09となり,有意な増加が認められた(p<0.001)。また重回帰分析の結果,大後頭直筋における脂肪浸潤の変化率に影響を及ぼす因子としてNIHSSが抽出された。得られた回帰式は,大後頭直筋の脂肪浸潤=1.008+0.018×NIHSSとなり,寄与率は77.5%(p<0.001)であった。多重共線性を確認するために各変数のVIF値を求めた結果,独立変数は1.008~4.892の範囲であり,多重共線性の問題は生じないことが確認された。【考察】脳梗塞患者の頸部体幹は,内側運動制御系として麻痺が出現しにくい部位である。しかし片側の運動機能障害は体軸-肩甲骨間筋群内の張力-長さ関係を変化させ,頸椎の安定性が損なわれる(Jull et al, 2009)。この頸部の不安定性は筋線維におけるType I線維からType II線維へ形質転換を引き起こし(Uhlig et al, 1995),細胞内脂肪が増加しやすいことが示されている(Schrauwen-Hinderling et al, 2006)。脳梗塞発症時のMRIは発症前の頸部筋機能を反映し,発症後のMRIは脳梗塞になってからの頸部筋機能が反映している。そのため,脳梗塞を発症することで大後頭直筋の脂肪浸潤は増加する可能性がある。また大後頭直筋の脂肪浸潤に影響を及ぼす因子としてNIHSSが抽出され,麻痺の重症度が関係している可能性が示唆された。今後の課題は,脳梗塞患者における大後頭直筋の脂肪浸潤によって姿勢や運動制御に及ぼす影響を検証していきたい。【理学療法学研究としての意義】脳梗塞片麻痺患者は一側上下肢の機能障害だけでなく頸部深層筋に関しても形態的変化をもたらす可能性があり,脳梗塞患者に対する理学療法の施行において治療選択の一助となることが考えられる。