著者
横田 洋
出版者
大阪大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2012-04-01

本研究は明治末期から大正初期の映画の取り締まりの様相について、調査研究を試みたものである。東京の警視庁では明治42年と43年に内規を作成し、映画取り締まりの方針を定めていたことが明らかになった。そこでは映画の特に子供の観客への悪影響を懸念していた点、また映画館が浅草公園のような興行街だけでなく、市内各所へ拡大していった点を警察が警戒していたことが理解できた。警察の取り締まりの重点事項は、既存の芸能には見られなかった映画の特質、あるいは映画の持つ魅力を同時に示しているものでもあっただろう。

言及状況

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ローヤル館が寄席扱いなのは観物場取締規則によって「常設の観物場は浅草公園六区以外は特別な許可がない限り認められていなかった」(https://t.co/qPRJkoFYq5) からなのかな。逆に浅草オペラは六区だから成立したという、場所的な要因が大きかったとも言えるのかもしれない。

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