著者
池内 裕美 藤原 武弘
出版者
人間・環境学会
雑誌
MERA Journal=人間・環境学会誌 (ISSN:1341500X)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.1-10, 1998-10-30

人は、自分自身の精神活動や身体のみならず、物理的環境内に存在する外的対象物をも、「自己」の一部、すなわち「拡張自己」として捉えている。拡張自己とは、「自分の一部であると認知、同定している全てのモノの集合体」と定義されており、対象物を拡張自己の一部とみなすことが、我々を所有物に固着させる一つの理由として考えられる。本研究では、この拡張自己の一つである「物的所有物」に焦点を当て、自己に対するモノの持つ意味や重要性を、特に「非自発的喪失」という点から探求している。具体的には、1995年1月17日に起こった阪神大震災の芦屋市在住の被災者を対象に、郵送法により調査した。質問紙は、どのような大切なモノの喪失があったのか、なぜそのモノが大切だったのか、地震によりどの程度のストレスが生じたのか、さらにはデモグラフィック要因などの項目により構成されていた。その主な結果は、以下のようなものである。1)最も重要な喪失物については、男女共に「食器」とする結果が得られた。2)大切と思う理由は、男女で異なっていた。男性は「有用性」と回答した割合が高いのに対し、女性は「思い出」と回答した割合が高かった。3)所有物の喪失のない被災者に比べて、喪失のある被災者は地震によるストレスが大きかった。
著者
渡部 陽介
出版者
人間・環境学会
雑誌
MERA Journal=人間・環境学会誌 (ISSN:1341500X)
巻号頁・発行日
vol.13, no.2, pp.79-88, 2010-11-30

本稿は,これまで筆者が農村地域において地域アイデンティティの観点から行ってきた2つの景観研究の紹介を通じて,トランザクションを踏まえた景観研究のあり方について検討を行なうことを目的とした。本稿は4つの節から構成されている。第1節では,「生活景」と「地域アイデンティティ」に対する関心の高まりを背景に,主客不分離の発想に基づく景観研究が求められているおり,トランザクションを踏まえた景観研究が今後重要になっていくことを論じた。第2節と第3節では,地域アイデンティティの観点から行った2つの景観研究の事例を紹介した。具体的には,研究事例1では,従来の景観研究で否定的に評価されてきたビニールハウス景観を,地域アイデンティティの観点から再評価した研究を紹介した。研究事例2では,「生育環境を共有する者同士が語り合う」というグループインタビューの手法を用いて,農村地域居住者が地域アイデンティティとして認識する景観と行為の関係を解明した研究を紹介した。これら2つの研究事例の特徴としては,「地域固有の価値観」,「質的研究手法」,r観と主体の関係性」の3点を重視したことが挙げられる。第4節では,今後の研究の展望を踏まえつつ,トランザクションを踏まえた景観研究とは,地域固有の価値観に基づき主体と景観の動的で深い関わり合いの解明を目的とする研究であると結論づけた。