著者
シール フィリップ 大野 隆造 小林 美紀
出版者
人間・環境学会
雑誌
MERA Journal=人間・環境学会誌 (ISSN:1341500X)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.19-28, 2000-05-01

フィリップ・シールのノーテイションと聞いて随分懐かしく思われる読者も多いかと思う。日本でそれが紹介されてから既に四半世紀が経っている。その間,短いモノグラフや雑誌での断片的な論説といった形で公表されてはきたが,その全貌が本の形で「人間,経路そして目的:人々の体験するエンバイロテクチャー(環建)の表記」(People, Paths, and Purposes: Notations for a participatory envirotecture)と題してUniversity of Washington Pressからようやく出版された。この本の推薦文でエイモス・ラポポートが「シール氏は1951年以来このようなシステムについて研究してきた。本書はしたがって,彼の生涯の研究生活の集大成といえる」と述べているように,そこに含まれる内容は膨大である。しかしワシントン大学での長年の教育を通してリファインされただけあって,興味深い図版や豊富な事例の引用を交えて大変わかりやすくまとめられている。この本で示されているフィリップ・シールの基本的な考え方は,「環境デザインと環境研究は環境を動き回るユーザーの視点による経験に基づいて考えるべきである」とする点であり,また「デザインはユーザーがどのような特定の要求や好みをもつかといったことを基本に考えるべきだ」とする点である。そして環境デザインと行動研究のこういったアプローチを実現するために必要な新たなツールと手順を発展させてきたのである。本稿は,東京工業大学の客員教授として来日中のフィリップ・シール(ワシントン大学名誉教授)が1999年6月21日に建築会館会議室で行った講演の記録である。なお,英文のアブストラクトは公演後にあらためて寄稿されたものである。
著者
芝田 征司
出版者
人間・環境学会
雑誌
MERA Journal=人間・環境学会誌 (ISSN:1341500X)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.24-28, 2012-12-30

回復環境に関する初期の研究の多くは、自然環境を対象として行われてきた。しかし、回復環境についての代表的理論であるKaplanらの注意回復理論からは、一定の特徴を備えた環境であれば、自然環境でなくとも回復効果が得られることが仮定される。そうした仮定に基づき、近年ではカフェやアクアリウムなど、緑豊かな自然以外の様々な環境に対しても、回復特性の研究が行われるようになっている。これら様々な場所の中で、日常生活において触れる機会が最も多い環境は自宅であろう。自宅は人々にとっての1次テリトリーであり、睡眠や余暇活動など、日常生活のストレス回復にとっても中心的な役割を持つ場所である。自宅が回復環境として機能するか否かは、人々の心理的ウェルビーイングにも大きく影響することが考えられる。そこで本稿では、日常生活における回復環境としての自宅に注目し、自宅が回復環境として認識され、機能するうえで必要な要素について考察した。
著者
小林 茂雄 海野 宏樹 中村 芳樹
出版者
人間・環境学会
雑誌
MERA Journal=人間・環境学会誌 (ISSN:1341500X)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.1-8, 2000-05-01

夜間商店街の視環境は、街路灯や看板灯、ウィンドゥディスプレイの光など多様な照明要素で構成されているが、これらの光環境は一般的に20時前後を境にして急激に変容する。これは店舗が閉店すると同時に付随する看板灯や内部照明を全て消灯してしまうからである。看板灯や店舗からの漏れ光は、屋内の人間活動と結びついていることから、こうした光は外部に対して単に視覚的な明るさを与えるだけでなく、人の気配を感じさせる働きがあるのではないかと考えられる。本研究は、店舗に付随する照明要素の心理的な働きを理解することによって、閉店後における街路の環境を改善する手がかりを得ようとしている。はじめに、開店時から閉店時にかけて商店街光環境の移り変わりを体験させ、その印象を把握する実験を行った。その結果、閉店後の光環境は全般的に不安で監視性が低く、監視性の低さは店舗から漏れ出す光が強く関与していることがわかった。そこで次に、店舗から漏れ出す光量やファサードの透視性を変数とした評価実験を行ったところ、路上で感じられる人の気配や安心感は、漏れ光の強さだけでなく、店舗ファサードの形態と関わりがあることがわかった。
著者
青木 祐樹 城 仁士
出版者
人間・環境学会
雑誌
MERA Journal=人間・環境学会誌 (ISSN:1341500X)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.1-8, 2010-03-31
被引用文献数
1

本研究は、従来の心理的領域に関する実験に視線のずれという条件を加え、視線のずれが心理的領域に与える影響について検証を行った。また、性格特性によって視線のずれが心理的領域に与える影響の大きさは異なるのではないかという仮説から、向性と対人恐怖心性を用いて検証を行った。その結果、主に以下の3点が明らかになった。1)接近者から視線をずらされているとき、被接近者は120cmより遠い距離帯の全ての方向に対し、「居心地」の心理負荷が軽減されている。同様に、接近者は視線をずらしているとき、210cmより遠い距離帯で「居心地」の心理負荷が軽減されており、その影響は被接近者が接近者から視線をずらされているときよりも大きい。2)視線のずれが「会話」の心理負荷に与える影響は小さく、主に接近者の正面方向での全距離帯でわずかに会話をする距離として相手を遠く感じさせる。3)向性の高いグループ及び<目が気になる>悩みが小さいグループは、向性の低いグループ及び<目が気になる>悩みが大きいグループよりも、視線角度0°・120〜180cm程度の距離帯において、多くの条件で「居心地」の心理負荷が小さい結果となった。つまり、性格特性によって、近距離で視線を合わせた状態での「居心地」の心理負荷が異なる可能性が示唆された。
著者
西出 和彦 大月 敏雄 冨安 亮輔
出版者
人間・環境学会
雑誌
MERA Journal=人間・環境学会誌 (ISSN:1341500X)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.24-28, 2014-03-20

典型的な仮設住宅はコミュニティが形成されにくく高齢者や障がい者の外出を妨げるものが多い。この問題に対して、ウッドデッキにより段差なく各住戸の出入り口が向かい合う屋根付きアクセス空間をもつ「コミュニティケア型仮設住宅」が提案された。この提案を検証するために、入居後に居住者に対する行動観察調査とインタビューが行われた。居住者はデッキゾーンに私物を置きパーソナライズし、居場所とし、会話などの行為は他のゾーンに比べ多く観察された。インタビューによると知り合いの数もデッキゾーン内に多く、デッキゾーンはコミュニティ形成ができる空間ととらえられる意見がみられた。このようにコミュニティケア型仮設住宅のコミュニティ形成への効果が検証された。
著者
杉山 岳巳
出版者
人間・環境学会
雑誌
MERA Journal=人間・環境学会誌 (ISSN:1341500X)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.1-10, 2001-11-10

環境の持続可能性に関する研究はこれまで環境の生物・物理学的特性に注目したものが多く、その社会的側面は無視される傾向にあった。しかしながら、私たちの住む世界は人間によって支配されており、私たちの環境に対する認識や行動が環境の保護や利用に大きな影響を与えることは明白である。つまり、持続可能性の概念は生態学的なシステムだけではなく社会的システムにも大きく関わっているといえる。そこで本研究では環境行動学と環境の持続可能性に関する最近の文献から、持続可能性をめざしたデザインの認識的側面の重要性について議論し、この分野における研究の必要性を説明する。次にこの研究テーマを議論するための新たな概念的モデルを示し、研究を可能にするためのツールとして環境選好(プレファランス)の概念について検討する。プレファランスはある環境に対する個人の好みの度合いを問うものであるが、これまでに景観などの分野において人と環境との相互作用に関して有用な情報を提供してきた。しかし、持続可能性をめざしたデザインのプレファランスに関連する研究はこれまでほとんど行われていない。本研究はプレファランスの概念をもとに持続可能性をめざしたデザインの認識的側面において今後の検討に値するいくつかの研究課題を指摘するものである。
著者
池内 裕美 藤原 武弘
出版者
人間・環境学会
雑誌
MERA Journal=人間・環境学会誌 (ISSN:1341500X)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.1-10, 1998-10-30

人は、自分自身の精神活動や身体のみならず、物理的環境内に存在する外的対象物をも、「自己」の一部、すなわち「拡張自己」として捉えている。拡張自己とは、「自分の一部であると認知、同定している全てのモノの集合体」と定義されており、対象物を拡張自己の一部とみなすことが、我々を所有物に固着させる一つの理由として考えられる。本研究では、この拡張自己の一つである「物的所有物」に焦点を当て、自己に対するモノの持つ意味や重要性を、特に「非自発的喪失」という点から探求している。具体的には、1995年1月17日に起こった阪神大震災の芦屋市在住の被災者を対象に、郵送法により調査した。質問紙は、どのような大切なモノの喪失があったのか、なぜそのモノが大切だったのか、地震によりどの程度のストレスが生じたのか、さらにはデモグラフィック要因などの項目により構成されていた。その主な結果は、以下のようなものである。1)最も重要な喪失物については、男女共に「食器」とする結果が得られた。2)大切と思う理由は、男女で異なっていた。男性は「有用性」と回答した割合が高いのに対し、女性は「思い出」と回答した割合が高かった。3)所有物の喪失のない被災者に比べて、喪失のある被災者は地震によるストレスが大きかった。
著者
渡部 陽介
出版者
人間・環境学会
雑誌
MERA Journal=人間・環境学会誌 (ISSN:1341500X)
巻号頁・発行日
vol.13, no.2, pp.79-88, 2010-11-30

本稿は,これまで筆者が農村地域において地域アイデンティティの観点から行ってきた2つの景観研究の紹介を通じて,トランザクションを踏まえた景観研究のあり方について検討を行なうことを目的とした。本稿は4つの節から構成されている。第1節では,「生活景」と「地域アイデンティティ」に対する関心の高まりを背景に,主客不分離の発想に基づく景観研究が求められているおり,トランザクションを踏まえた景観研究が今後重要になっていくことを論じた。第2節と第3節では,地域アイデンティティの観点から行った2つの景観研究の事例を紹介した。具体的には,研究事例1では,従来の景観研究で否定的に評価されてきたビニールハウス景観を,地域アイデンティティの観点から再評価した研究を紹介した。研究事例2では,「生育環境を共有する者同士が語り合う」というグループインタビューの手法を用いて,農村地域居住者が地域アイデンティティとして認識する景観と行為の関係を解明した研究を紹介した。これら2つの研究事例の特徴としては,「地域固有の価値観」,「質的研究手法」,r観と主体の関係性」の3点を重視したことが挙げられる。第4節では,今後の研究の展望を踏まえつつ,トランザクションを踏まえた景観研究とは,地域固有の価値観に基づき主体と景観の動的で深い関わり合いの解明を目的とする研究であると結論づけた。