著者
シャール サンドラ
出版者
Japan Oral History Association
雑誌
日本オーラル・ヒストリー研究 (ISSN:18823033)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.136-163, 2006-03-24 (Released:2018-12-10)

戦前日本における製糸業の女性労働者(女工)の状況は多数の研究者によって研究されてきた。しかしながら、彼らは、この論題を日本資本主義の形成史と関係づけマクロな制度史的視点から考察したため、工業化がもたらした矛盾に主として焦点を当て、女工たちが工場内で苦しい生活を送っていたということを主張した。このようにして、女工たちに犠牲者のイメージを与える「女工哀史」という社会意識は強固に再生産されていった。だが、戦前日本における製糸工場に就労した者の聞き取り調査の検討に基づいた本分析は、彼女たち自身の生活世界のポジティブな表象も可能であるということを示す。語り手は、糸とりの仕事を「難しい」としばしば語っていても、自分自身を工場制度の犠牲者として描いているまでには至らない。それどころか、貧しい農村家庭に生まれた多くの者にとっては、等しく戦前期が厳しい時代であっただけでなく、工場生活においては良い面も多かった、と語り手は我々に伝えている。こうしてみると、たとえ「(女工)哀史」が事実であったとしても、むしろそれを農村社会の貧乏な家族が日常を行き抜くための現実の戦いと関係付けて考えるほうがよいのではないか。