- 著者
-
武居 哲洋
- 出版者
- メディカル・サイエンス・インターナショナル
- 巻号頁・発行日
- pp.572-578, 2015-07-01
つい10年ほど前まで,救急医学系の学会に参加するたびに「アルコール性ケトアシドーシスalcoholic ketoacidosis(AKA)の1例」といった症例報告に遭遇するほど,本邦ではあまり知られない疾患であったが,近年はその知名度もずいぶん高まってきたように思える。しかし,本疾患に関するサンプル数の大きい系統立った臨床研究はほとんど存在しないため,いまだに不明な点が多く,誤解も根強く存在している。本コラムでは,過去の総説,臨床研究を俯瞰することで,AKAの病態生理,診断,治療についてできるかぎりシステマチックにまとめることを試みた。 まずPubMedで「alcoholic ketoacidosis」および「alcoholic ketosis」を検索し,英文で書かれた総説と臨床研究を抽出した。一部割愛したが,1971年以来11篇の主要な総説が抽出された1〜11)。医学中央雑誌で「アルコール性ケトアシドーシス」「アルコール性ケトーシス」を検索したところ,和文の総説は1篇のみであった12)。システマチックレビューやメタ解析は存在しなかった。一方,法医学関係の研究を除外すると臨床研究はわずか7篇しか渉猟し得ず,すべて観察研究であった13〜19)。この臨床研究の少なさこそが,AKAに関する我々の理解不足につながっていることは否めない。すなわち,AKAに関する臨床的なエビデンスで確立されたものは何一つ存在しないと言ってもいいだろう。 個人的にも,日常的にAKAに関していくつかの疑問をもっている。数少ない文献を手がかりに,本コラムでは下記の疑問にできるかぎり答えていきたい。なお,我々の施設でも相当数のAKA症例を経験しているため20,21),これらの自験例の結果も交えながら解説することをお許しいただきたい。・慢性アルコール依存患者の代謝性アシドーシスはAKAで説明がつくのか?・AKAは突然死の原因として重要なのか?・AKAの診断にケトン体濃度測定は必要か?・AKAの標準的治療は何か?Summary●大酒家は容易にケトーシスを発症し,アルコール性ケトアシドーシスは決してまれな疾患ではない。●ケトアシドーシスには主にβ-ヒドロキシ酪酸が関与しており,アセト酢酸の関与は少ない。●大酒家の代謝性アシドーシスには,乳酸アシドーシスをはじめとした他の原因がしばしば合併する。●適切な輸液療法により転帰は良好とされるが,時に多臓器不全から死に至ることがあり注意が必要である。●アルコール性ケトアシドーシスは栄養障害の一形態とも考えられ,栄養障害を総合的に治療する視点が必要である。●血中β-ヒドロキシ酪酸値を含んだアルコール性ケトアシドーシスの診断基準の作成が望まれる。