著者
水野 勲
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100264, 2014 (Released:2014-03-31)

福島第一原発という名前が、もしも別の名前(たとえば、双葉大熊原発)であったなら、福島県の農産物の風評被害を避けられたのに、というコメントを、発表者は福島県での調査の際に何度か聞いた。そもそも風評被害とは何であり、それは地名とどのように関わるのだろうか。 地名は単に、特定の土地に付けた名前であるだけではなく、集合や関係についての論理階型(logical type)の問題を含む。そこで発表者は、集合論のアプローチにより、原発事故後に「福島」という地名が、さまざまな地理的スケールで、どのような区別と「空間の政治」を含んでいたかを考察したい。2011年3月の福島第一原発事故の前には、「福島」は福島県か福島市としか関係がなかった。しかし、原発事故後、県と市と事故原発が同じ名前をもった、自己言及性の集合関係におかれた。このため、「I love you & I need you ふくしま」という応援ソングが、原発事故から1ヵ月後に猪苗代湖ズ(福島県出身のミュージシャンの即席グループ)によって歌われたのである。ここで福島県という行政領域が、原発事故をめぐる言説の特権的な地理的スケールになったことに注目したい。福島ナンバーの自動車、福島県産の農産物、福島県出身者が、何のコミュニケーションもなく区別されたからである。これは、放射能汚染地=福島県という単純化(区別)を行うことにより、さまざまな空間政治的な効果をもった。東京オリンピックの招致では、福島は東京から遠いという言説が用いられたのは、その区別の一例であろう。 しかし、別の地理的スケールによって、問題の地平を提示することができる。福島県内のスケールでは、福島第一原発の事故によって避難を余儀なくされている「警戒区域(後に避難準備区域)」、あるいは原発事故によって避難している住民および役場の場所を、「福島」と呼ぶこともできる。また広域ブロックのスケールでは、放射線管理区域の指標である年間1mシーベルトの空間放射線量の地域(東北、関東の一部)あるいは福島第一原発から電力を供給されていた関東地方を、「福島」と呼ぶことができる。そして、国家スケールでは、福島から自主避難している住民の居住地(全国都道府県に分散)あるいは全国の原発施設のある地域を、「福島」と呼んでもいいのではないか。さらに、グローバルスケールでは、諸外国が日本からの農産物輸入を禁じている都道府県(東日本に広がる)あるいは原発事故の放射性物質が大量に撒き散らされた太平洋地域を、「福島」と呼ぶべきではないか。「福島」という地名を、県という地理的スケールに閉じ込めて議論することは、きわめて恣意的な「空間の政治」であると考える。

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水野 勲「地名の集合論と空間の政治—原発事故後の「福島」の地理的スケール—」 https://t.co/98k0M0WfXB >福島第一原発という名前が、もしも別の名前(たとえば、双葉大熊原発)であったなら、福島県の農産物の風評被害を避けられたのに、というコメントを、発表者は福島県での調査の際に何度か聞いた

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