著者
古城 徹
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.77, no.2, pp.74-82, 2022-02-05 (Released:2022-02-05)
参考文献数
56

「強い力」の基礎理論である量子色力学(QCD)は,カラー電荷を持つ素粒子,クォークとグルーオンの動力学である.クォークとグルーオンは,カラー電荷を中性にする組み合わせでハドロン(複合粒子)に閉じ込められる(カラーの閉じ込め).低エネルギーではカラー中性のハドロンが有効自由度であるが,高温・高密度ではカラー自由度が顕在化する.高温ではハドロンのガスからクォーク・グルーオン・プラズマへの相転移が起こる.この相転移は,重イオン衝突による加熱圧縮実験と格子QCDに基づく第一原理計算やモデル解析により詳細に研究されている.一方,低温で原子核を圧縮すると,まず多数のハドロンからなるハドロン物質,次いでクォーク物質になると考えられているが,その多体問題の記述は確立されていない.実験として,重イオン衝突による圧縮が考えられるが,高エネルギー実験では低温が実現せず,低エネルギー実験では高密度に達しない.ところが宇宙に目を転ずれば,中性子星という超高密度天体が存在する.中性子星は高密度におけるQCD物性を観測できる天然の実験室系である.たくさんの中性子星を観測していくと,それらが一つの質量・半径関係式を構成する.これは中性子星内部の状態方程式と一対一対応なので,原理的には観測から高密度QCDの状態方程式を直接決めることができる.これまで質量と半径の同時観測は難しい問題だったが,ここ十年程度でその状況も変わりつつある.特に2倍の太陽質量を持つ重い中性子星の発見,中性子星合体現象の観測,といった歴史的発見があった.前者は,高密度物質が過去に考えられていたよりもずっと硬い――そうでなければ自己重力で潰れてブラックホールになる――ことを示唆する.後者は,重力波,電磁波,ニュートリノによる複数の観測量から天体現象を多角的に解析するマルチメッセンジャー天文学の幕を開き,今後計画されている観測により飛躍的な進展が予想される.以上の観測の進展と,理論計算が有効な領域の情報とを組み合わせることで,QCD物性に対する理解もまた深化する.低密度の原子核物理を考慮に入れたうえで高密度領域を考えたとき,2倍の太陽質量を持つ中性子星の中心部では,その密度が核子が重なり合うほどに大きいことが示唆される.ここではクォークに基づく記述が必要であろう.しかしこのクォーク物質は非常に硬いという点で,以前に用いられていた記述の範疇に収まらない.特に今までよく用いられてきた,ハドロン物質とクォーク物質を1次相転移によって隔てる記述は,1次相転移による物質の軟化が柔らかいクォーク物質を導く,という点でやや具合が悪い.ここにハドロン物質,クォーク物質とは何か,という基本的な問いに立ち返る必要が出てくる.この文脈で,「クォーク・ハドロン連続性」や「quarkyonic相」といった,ハドロン物質とクォーク物質を相転移なく連続的につなげる新しい型の記述が現象論に活用されつつあり,一定の成功を収めている.より詳細な検証は,物質科学としてのQCDにとって基礎的課題であり,また今後の中性子星の観測を予言・解釈する際に重要となる.

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日本物理学会誌は宝の山。中性子星の半径を決めるのは原子核物理。https://t.co/ijjdJ7nmST 重い星がつぶれて中性子のかたまりになったのが中性子星。その半径は、かたまりの「硬さ」で決まる。量子色力学で計算できそうなものだが難問。最有力な情報は中性子星の観測から。原子核を知るには星を見よ。

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