著者
永橋 為介
出版者
公益社団法人 日本造園学会
雑誌
ランドスケープ研究 (ISSN:13408984)
巻号頁・発行日
vol.60, no.5, pp.405-408, 1996-03-28 (Released:2011-07-19)
参考文献数
21

1910年代後半から30年代前半にかけての大阪では人口稠密化, 煤煙問題, 不況による失業者の増大などの都市社会問題が顕在化していた。本稿では社会状況を踏まえ, 空間政策, 社会政策の専門分野で展開された公園論に注目し, 当時の公園が果たそうとした, もしくは果たさざるを得なかった意味と機能を構造的に捉える。当時の公園論は社会政策的な空間装置として公園を位置づけていながらも, 大阪市社会部の公園論には, 利用者像として「無宿者」の存在を想定し得ない言説構造が内在化されていた。しかし, 当時の状況下においては, 公園は社会構造から生じる「無宿者」のとりあえずの居場所としての機能を果たさざるを得なかった。

言及状況

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大阪市における都市社会問題からみえる1920年 代 公園論の位相 永橋 為介 https://t.co/DqMyRXrDg7 https://t.co/213o6ndBWm

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