著者
井上 将文
出版者
公益財団法人 史学会
雑誌
史学雑誌 (ISSN:00182478)
巻号頁・発行日
vol.129, no.12, pp.39-62, 2020 (Released:2021-12-20)

本稿の目的は、一九三二年~一九三四年に北海道庁(以下、道庁と略記する)が北海道を対象として推進した農業移民政策の検討を通じて、二つの移民政策の受け手側に立つ農家自身の主体性の一側面を抽出する。本稿では、北海道第二期拓殖計画(第二期拓計)下の農業移民政策(民有未墾地開発事業)とブラジル移民政策が、競合関係にあったことを論じた。一九三二年の拓務省による支度金交付は、凶作・水害下の道内農家に対して、ブラジルへの移動という選択肢を与えるものであった。北海道における一九三二年~一九三四年のブラジル移民の増加は、拓務省が提示した選択肢を選んだ農家が少なからず存在していたことを示す。生活維持が困難な農家の立場からすると、一定程度の資本が必要となる民有未墾地開発事業よりも無資本でも受給できる支度金は、利用しやすい政策であったといえよう。ただし、農家の移動・定着を決定づけたものは、道庁・拓務省といった政策主体側の意向ではなく、結局のところは、政策の受け手側に立つ農家自身の意思であった。この点を端的に示しているのが、名寄町(上川支庁管内)の事例である。一九三二年九月、名寄町では支度金の周知徹底を目的とした宣伝事業が行われたが、同月以降に同町から移民した農家は、皆無であった。一方、凶作・水害下の北海道において、道庁が推進する民有未墾地開発事業を利用して道内に定着しようとする農家もまた、限定的であった。本稿では、農家が移住・定着する要因として、移民個々の自由意思が重要な意味を持つと結論付けたい。

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