- 著者
-
井手口 彰典
- 出版者
- 社会学研究会
- 雑誌
- ソシオロジ (ISSN:05841380)
- 巻号頁・発行日
- vol.60, no.2, pp.3-20, 2015-10-01 (Released:2020-06-20)
- 参考文献数
- 36
「童謡」という言葉は今日、子供のための歌(とりわけ大正時代以降に発表されたもの)を指す名称として一般に用いられている。だが具体的に何をもって童謡とするのかはしばしば曖昧であり、たとえば学校唱歌やアニメソング、また近年の子供向けヒット曲を童謡と呼ぶのか否かは文脈によって異なる。 童謡をめぐるこうした概念の揺れは、この言葉が持つ歴史性と深く関係していると考えられる。そこで本稿では、童謡が子供のための歌という基本的な意味を獲得した大正期から現代までを対象に、音楽学者E・W・ポープのモデルを援用しつつ、童謡の社会的イメージの変遷過程を明らかにする。ポープによれば、社会に登場した異文化由来の記号は、当初「エキゾチック(/国際的/モダン)」なものとして受容されるが、次第に「普通」のものとして定着し、やがて「懐かしい(/国民的な/伝統的な)」ものへと推移していくことがあるという。童謡もまた、このモデルに沿った変化を見せている。すなわち、大正期に登場した童謡はモダンかつエキゾチックなものであったが、昭和に入るとレコードとラジオの普及によって普通のものになり、さらに一九六〇年代末頃からは徐々に懐かしさの対象へと変わっているのだ。 今日我々が漠然と抱いている「童謡」観は、この「懐かしい」段階に相当するものである。だがそうした理解は決して絶対的なものではなく、状況次第では「エキゾチック」ないし「普通」の時代の認識が呼び戻されることも少なくない。このことが、「童謡」という言葉が持つ社会的イメージの多様さの原因になっていると考えられる。