- 著者
-
松村 淳
- 出版者
- 社会学研究会
- 雑誌
- ソシオロジ (ISSN:05841380)
- 巻号頁・発行日
- vol.60, no.3, pp.39-57, 2016-02-01 (Released:2020-06-20)
- 参考文献数
- 13
本稿の目的は近年の専門職研究において再び重視されつつある専門職とエートスの関わりを問い直すことである。ある職能に特有のエートスがそれを内面化した者に内発的な労働への意欲を駆動させるという側面だけではなく、それが業界全体に共有され内部文化を統制・再生産する機能を有するという側面についての研究はまだ不十分である。そこで本稿では建物の設計・監理を専門とする建築設計専門職を対象とし、職業実践におけるエートスの表れに触れつつ、とりわけその獲得過程について重点的に検討した。具体的にはエートスを涵養する場として大学に着目し、その教育実践を検討した。そこでは、職能の実践に必要な技術の獲得よりも﹁空間の質﹂や﹁美しさ﹂といった抽象的な語彙で形容される﹁作品﹂を作成できる能力の獲得が目指されている。それらは一定の訓練を経れば習得できる﹁標準化される技術﹂ではなく、合理的な訓練では習得できない﹁標準化されない技術﹂の涵養が必要であり、それを習得するためには教員=建築家の﹁指導﹂に従うしかない。つまり大学は、建築設計専門職業界が望むエートスを学生に内面化させるための﹁文化的社会化﹂の場として機能している。そうして獲得したエートスは個人の労働を内発的に駆動させるだけではなく、建築基準法の厳格化や設計施工を一貫して行う住宅産業の隆盛による相対的な地位低下など、様々な位相においてその存在意義が問われている建築設計専門職の長期的で安定的な存続に資する機能を有しているのである。