著者
田中 秀生
出版者
学校法人 天満学園 太成学院大学
雑誌
太成学院大学紀要 (ISSN:13490966)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.105-113, 2011 (Released:2017-05-10)

ルソーの著作には,対象が三分され(多くは時系列が織り込まれた形で),その中間部分(中間状態,中間項,中間期,等)が,その前後の部分それぞれの善きものの保存と悪しきものの廃棄によって価値あるものとしての属性を帯び,多くの場合,理想的なものにまで高められる,というパタンが観察される。人間の教育がテーマとされた作品『エミール』においても,個人の成長過程の中に「美しい幼年期」の「できあがった子ども」という独特の形象が造形されており,このルソー的<中間>と見做しうるものが出現し,自然状態の子どもとも完成された大人とも質的に区別された,一つの完結した理想状態が表現されている。本稿では,この『エミール』における<中間>性について,その内容の概略を呈示し,またその内容の政治思想における意味を敷衍して検討した。

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