- 著者
-
壱岐 一郎
- 出版者
- 沖縄大学
- 雑誌
- 沖縄大学人文学部紀要 (ISSN:13458523)
- 巻号頁・発行日
- vol.1, pp.19-28, 2000-03-31
日本古代史のいわゆる古墳時代から7世紀末までを高校教科書では約20ページにわたり記述している。5世紀の倭国の五王から7世紀の聖徳太子,天智天皇という流れである。この原典は『日本書紀』で,教科書は戦前の神国史観を否定しているものの,まず6世紀以降をほぼ正しいとしているといってよかろう。戦後史学において,中国史,韓国史との比較,巨大古墳の考証などが進んだとはいえ,まだ重大な疑義が存在する。その大きな柱は中国史料の伝える前3世紀の徐福集団の渡来と6世紀の扶桑国である。1999年は扶桑国僧・訪中1500周年にあたるので,私は日本国内4地域で「扶桑国の謎・シンポジウム」を試みた。『日本書紀』の黙殺した史料の復権であるが,無視する学界と共にマスメディアと教科書メディアに再考を迫るものであった。この『日本紀』(日本書紀)をかの紫式部は「片そば」と批判し,公爵西園寺公望(1849-1940)は「妄誕*の書を信じると国に大いに損がある」(*でたらめ)と書き残したが,20世紀の歴史は「損」どころではなかったのではなかろうか。