著者
モーエン ジョン V.
出版者
北海道東海大学
雑誌
北海道東海大学紀要. 人文社会科学系 (ISSN:09162089)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.149-175, 1988

「音楽・魔術・メタポリティックス」では, トーマス・マンの最後の傑作小説『ファウスト博士』を分析, 解明する。『ファウスト博士』は, マン自身の言葉を借りれば「文明の直面する危機状態から悪魔との契約への逃避, そしてファシズムという国家主義的狂乱のうちに崩壊に終わってしまう破壊的かつ空虚な幸福感ごときものへの逃避」を扱っている。この20世紀最大の変動をかくも奇抜に扱う由来は, ファウスト伝説にある。これが西洋キリスト教文化に重要な意味をもつのは, 自分の魂を地上での報いのために悪魔に売り渡してしまうという点においてである。物語中の作曲家はアーノルド・シェーンベルク(無調性を特色とし, 基本的に古典的調音を乱す20世紀現代音楽の創始者)と, フリードリッヒ・ニーチェ(「神はヨーロッパ人の心の中では死んでしまった」と知り, これまた反キリスト的なスーパーマンを創造した)の両方の特徴を併せもつ。アードリアーン・レーヴァーキューンという名で呼ばれる「自然の力」の相手役と引き立て役をつとめるのはブルジョア・ヒューマニストのゼレーヌス・ツァイトブロームであり, 彼は人類の美徳を代表する。周知のごとく, ツァイトブローム側の完全勝利であったが, それは, 死と世界の破滅という最も恐ろしい事態に陥った後のことである。

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